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紅の闇  作者: 水無神
第二章 神聖都市エレアザル
20/90

01.気が付けば旅は道連れ世は情け


「お待たせ~。あたしの用事は済んだから、あとは買い出し? 宿直行?」

「……宿」

「了解~。んん、東の区画にあるのが最安の宿だけど……場末の酒場の二階かぁ。あたしらはともかく、ルド君には不健全すぎる?」

「あ、大丈夫です。酔っぱらいのおじさんたちから逃げるくらいはできます」

「そう? んじゃそこでいいですかぁ、セインさん?」

「頼む」

「はーい。では参りましょー」


 さくさくっと話を纏め、小さな紙片を手に大通りを歩き出したのは黒髪碧眼の、黙っていればただの美少女である女盗賊ミシリー。

 彼女から一、二歩遅れて進むのは、ごく淡い金色の髪に赤土色の瞳を持つ細身の少年姿、性別一応女のセインと、明るい茶色の髪と瞳の幼い子供、ルドだ。



 ゼフィーア王国王都クラルテを出てすぐにミシリーを旅の連れにする羽目に陥り、セインはしばらく花のかんばせに不機嫌をべったりと貼り付けて過ごしていた。できることなら撒けないかと、早朝深夜の脱走だの昼間の別行動だのとそれなりに画策してみたのだが、気付けば進む先にミシリーが立ってにんまり笑顔を浮かべていた。


 そうして半ば諦めを悟り同道開始から二十日を超えた頃、ゼフィーア王国の南に接するメルス王国への国境に辿り着いた。

 セインはここで縁が切れるかと微かな期待を抱いた。ミシリーは盗賊を名乗っている。得てしてそういう身分には生まれ育ちがはっきりしない者がなる、ということは身分証を持たず、身許検めのために国境に留め置かれるのではないか、と。


 実際にはその考えは甘かった。

 検問で、ミシリーはご立派な身分証を提示して見せたのだ。


 妙に真新しい感じの身分証を、メルスに入国を果たしたあとで渋るミシリーから奪うようにして見てセインは絶句した。驚きに身分証を持った手をだらりと垂らすとルドがそれを覗き込み、苦笑と爆笑の間のような微妙で器用な笑い方をして見せた。


 発行元はゼフィーア王国、所持者名は「ミシリー」のみで姓はなし、後見人名は「アルフレッド・ノーマン」。

 ――師団長の人の好さを呪いながら、セインは天を仰ぐしかなかった。



 さて現在。


 メルス王国に入って南西に進むこと七日、今日の宿を探すのは大きくも小さくもないありふれた街の、裏通りの一画だった。

 ミシリーに先導されて路地裏を進むことしばし、騒がしい下町の雰囲気に相応しい、良く言えば味わいのある二階建ての建物へと足を踏み入れる。


「――あぁ? お嬢ちゃん、ここはあんたみたいなのが来るとこじゃあねぇぞぉ」

「あら、ざんねーん。いい宿だってグランツ爺に紹介受けたんだけどなー」

 扉を入ってすぐの帳場にいた強面の髭男の、即座に追い払おうとする態度にミシリーはにこりと笑って返す。


「グランツにだぁ……? 嬢ちゃん、どこのモンだい?」

「ゼフィーアのカトレア一家の出でぇす」

「うお、聞いたことあるぜ、女ばっかの一家だろ。それにしても嬢ちゃんほど若いのを一人歩きさせるとは恐れ入るね」

「あたしってば優秀な子だからー。で、泊まれる? 三人一部屋でいいんだけど」


 数歩後ろに黙って立っていたセインとルドを目線で示すと、髭男が目を剥いた。


「おいおい、優男とちびっこが連れかい。妙な組み合わせだ……しかも、野郎と同室でいいって?」

「そう。懐厳しーからねー。ちびっこは彼と同衾だから特に寝台追加は要らないわよ」

「がっはっは、そこは嬢ちゃんが添い寝してやるとこじゃねぇのかい!」


 奇妙な組み合わせへの怪訝さをあっさり振り払って髭男が大笑した。

 その言葉にミシリーが無駄に喰い付く。


「そうだよね!? フツー男の子なら美少女と優男の二択で美少女を取るよね?

 ルド君、なんであたしと一緒はダメなのよ!?」

「えぇっ! 巻き込まれても困ります!」

 思わぬ飛び火に狼狽えるルドが、助けを求めるように傍らのセインを見上げた。

 セインは溜息を飲み込んでミシリーを無表情に一瞥して黙らせると、更に表情を殺して髭男に声をかける。


「で、部屋はあんのか」

「……兄ちゃん、キレーな顔だけに迫力だねぇ……。二階の一番奥を使いな。階段はそっち。風呂は提供してねぇから、湯がいるなら桶一杯は無料だよ。晩飯は?」

「一通り済ませているから寝る。前金?」

「半分だけな。朝飯は?」

「あ、お願い! ――セインさん、朝ご飯はここで摂る方が安くて量があるって話だから。多けりゃ包んでお昼に回せるし!」


 淡々と交渉するセインと髭男に、ミシリーが割って入った。拾ってきた情報に助言アドバイスが含まれていたらしい。

 ミシリーのちゃっかり昼飯確保な発言に髭男が苦笑した。

「嬢ちゃーん、俺の目の前でンな話は遠慮してくれやぁ」

「あらごめんなさぁい」


 笑いつつ前金を支払い、鍵を受け取って早々に部屋と落ち着いた。




  ◆◆◆




 翌日の午後遅くに辿り着いたのはかなり大きな街だった。

 街をぐるりと石壁が囲み、街道から続く壁には門を設けて検問が行われている。街路の区切りなどはゼフィーア王国のそれと大差はないが、ゼフィーアが方形に区切られ北に役所を置くのに対し、メルス王国の街々は中心に役所を置き、そこから放射線状に通りが整備されていた。


 ここでもミシリーが先導して最安値で安全の保障される宿へと落ち着く。



 手桶に湯を貰い、体を拭いて着替えて食事も済ませたところで、ふとルドがミシリーに近付いてきた。

 寝台に腰掛けて髪を梳いていたミシリーの傍に立ち、小首を傾げて問いかける。


「――ミシリーさんって、どこからこういう宿のお話とか集めてくるんですか?」

「ふっふ~。蛇の道は蛇、って前に言わなかった? 伝手つては何もゼフィーア内に限る訳じゃないの。情報屋同士の繋がりは半端ないわよ~、大陸全土を網羅してる奴らもいるからね」

「うわぁ。すごいんですねぇ。ミシリーさんがいてくれて、宿を取るのがすっごく楽ちんになりましたよ」


 ミシリーは「あーもう、かわいいなぁ」と、にこにこと笑いかけているルドの頭をぐりぐりと撫でまわしてから、向かいの寝台に座り込んで地図と睨み合っていたセインに声をかけた。


「セインさーん。この街から王都まで駅馬車が出てますけど、使います? 四泊五日で着くそうですよ。歩きだと十日以上――ルド君のことを含むと十六日にしゅうかんくらいなんで、その分の宿代考えると馬車を使ってもどっこいですし」

「……王都に用はないな」


 そっけなくだがセインが返事をするのにミシリーは小さく笑みを零す。

 強制的に道連れになってから一月ひとつき足らずだが、セインの態度は随分と軟化している。不機嫌一色だった表情が、基本仕様である無表情に戻り(ルド談)、話を振れば最低限にでも応答がある。

 諦めか惰性かは置くとして、自分が行動を共にすることを受け入れてくれたと思えば気分がいい。


「王都に用がないならどこでしょ? 方向だけでも分かれば進路に合わせた情報取りしておきますよー」

「…………」

「……セインさーん、あたしがお世話すんのが気に喰わないのは分かってますけどー」


 むすっとした顔で黙り込んだセインに、ミシリーが軽く拗ねて見せる。

 それに応じてセインが表情を改め、小さな溜息と共に沈黙の理由を吐き出した。


「いや、情報を集めてくれるのは助かる。ルドを私以上に気遣ってくれていることには感謝もしている。そうじゃなくて、行き先が気に喰わないだけだ」

「セイン?」

「方角的にも距離的にもエレアザルなんだよ」

『エレアザル?』


 思わず返したミシリーとルドの声が綺麗に重なった。

 続けて質問を発したのはミシリーだった。

「って、神聖都市とかふざけた名乗りしてる法術士の街ですっけ?」

「ああ。ここからの距離は王都と変わらないが、やや東寄り――要は南下する道に変わる。

 駅馬車でも徒歩でも手段は問わないけど……単にエレアザルに近寄りたくない」


 セインはぼそりと本音を口にすると地図を放り出し、ずるずると寝台に崩れ落ちた挙句膝を抱えて丸まってしまう。

「え、えぇと……、セインさん? そんなに近寄りたくない場所でもやっぱり行かなきゃなんですか? 迂回してくとかは?」


 いつになくグダグダなセインに不安より不審を感じつつ、ミシリーは問いを重ねる。

 セインは丸まった体勢を変えずに、ぼそぼそと返事を寄越した。


「……“石”が一つエレアザルの中にあるのはほぼ確実だ。あと、数がはっきりしないけど複数の気配がエレアザルの近くにある。

 今のところ他に気配を感知できないから、エレアザルとその周辺に固まってる分を回収するしかない」


 行かない、という選択肢はない。そう言って歪めた顔を、抱えた膝に埋めて沈黙してしまう。


「うう……、折角の綺麗な顔をそう歪めないでくださいよう……」

「ミシリーさん、大丈夫です。明日起きたらいつもの無表情かおに戻ってます」

 狼狽えるミシリーを横に、ルドは平然と寝支度を整えている。あまりにいつも通りなルドに、ミシリーが疑わしい眼を向けた。


「ルド君、ほんとにぃ~?」

「だいじょぶです。ね、セイン?」

「…………寝る」

 ルドのかけた声に無愛想な返事と同時にセインは壁側に寝返りを打って体を伸ばし、ルドが横になる隙間を空ける。


「おやすみ~。ミシリーさんも、休みましょう? 明日からまた、たくさん歩かなきゃですからね」

「あ、うん。……ルド君やい、君は本当に何者だい」


 ミシリーはやや呆然と呟いていた。

 これまでの道程みちのりでも折に触れ抱いた謎であるが、ルドははっきり言って幼児臭くない。言葉ひとつ取っても、舌足らずな喋り方になりがちだが語彙は豊富で整然と筋道を立てて話す。

 そして、セインの取り扱いっぷりはむしろ兄かと言いたいくらいに慣れている。


 そんなミシリーの呟きを拾い、ルドは胸を張って答えた。きっぱりと、

「セインの保護者です」

「ルド、うっさい」

「じゃあ保護者らしくシャキッとしててよね、セイン」


 ミシリーが噴き出すより先にセインの突っ込みが入ったが、ルドはそのセインの背を半眼で睨み、更にきっぱりと駄目出しをした。


 セインはそれ以上墓穴を掘ることの無いよう、沈黙で以って答えたのだった。


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