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紅の闇  作者: 水無神
第一章 ゼフィーア王国
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01.危険度は見た目だけでは測れない

 木々の葉を透かして見える早春の空。

 ゆるやかに流れる薄い雲。

 ほころび始めたばかりの花の香り。

 とても平和で穏やかで気持ちのいい森の道――だったのに。


「……で、どうしようね、セイン?」

 もうじき森も切れようかというところをほてほて歩いていた二人連れのうち、小さい方が呟くようにしてもう一人を見上げる。

 セインと呼ばれた連れは軽く息をついて、声をかけた子供を見下ろす。

 子供の頭は自分の鳩尾みぞおちの下、体力はある子だと知っているが、さすがに森を突っ切って次の村なり町までを駆け抜けることはできない。

「森の出口まで走るぞ。出たら暴れるから、お前は結界張って籠ってろ」

 左腰の剣を押さえて顔を上げる。立ち回りをするにも森の中ではどうにもならない。


 二人が走り出した瞬間、背後から複数の気配が湧く。使い古した革鎧、量産品らしい大剣、粗野な容貌は「俺たち野盗です」を高らかに宣言するお決まり装備だ。

「二人とも殺すんじゃねぇぞ! でかい方も売り物になる顔してっからな!!」

 親分なのか今いる顔ぶれの中では上の立場なのか、一際ごついおっさんが声を上げる。


「よか、ったね、セイン。きれいな、顔、ほめてくれ、たよっ」

「バカ言ってねえで走れ、ルド!」

 切れ切れに笑う子供を叱りつけてセインは駆ける。子供ことルドは、小柄な上に一抱えの荷物を背負っているにも関わらず、しっかりとセインの足について行く。

 おっさん共に捕まる前に森を抜けきった。


 森を抜けるなりルドは荷から短い杖だけを引き抜き、あとは足元に放り出す。杖を胸の前で握りしめて意識を集中させる。

 一呼吸ののち、ルドの周囲に淡く白い円筒形の光が出現する。

 ルドに近付こうとしていた野盗その一が、光に激突する形でぶっ倒れる。さすがに意識を無くすほどではなかったらしく、強打した鼻を押さえて起き上がる。その顔には驚愕と、微かな恐れが浮かんでいた。

「な、何だぁ? こんなガキが法術士だってかぁ!?」


 天恵の法力で以って行う奇跡の業、法術。法力を持ち、その扱い方を修めた者が法術士と呼ばれる。

 大陸中で知られる存在だが、神殿や施療院に籠っている特殊職なため、日常的には縁が遠い存在でもある。


 セインの方には残りの野盗その二、その三と指示を出していたおっさんの三人がかかっていく。

 セインは腰の物を払って野盗その二の剣を捌く。セインの膂力りょりょく・腕力では、大剣を叩き落とすことは難しい。しかも手にする剣は、長剣ではあるが細身である。うっかり正面から受ければ折れかねない。


 だが、目の良さと瞬発力の高さを活かし、正面から受けずに流してかわすだけならなんとかなる。

 流された剣に引かれるように野盗その二はつんのめった挙句、足をからませて転倒した。

 その間にセインの剣は野盗その三の革鎧の継目を狙っていた。腹当てと背当ての隙間、左脇の継目を正確に狙って剣を繰り出すが、一瞬の差で野盗その二は身を捩って攻撃を避けた。感触はかすり傷、だが斬られたと分かった野盗その二は盛大な悲鳴を上げて後ろに跳び退った。

 致命傷にもならないかすり傷で大げさな、とセインは悪態を吐いて三人目のおっさんに目を向ける。


 おっさんは、この子供たちは一筋縄ではいかないと判断したのだろう、慎重に距離を取っている。

 やや憎々しげな表情のおっさんが皮肉な笑みを浮かべる。

「……ガキ、そこそこ頑張るじゃねえか。そっちのチビも、まさか法術士とはな」

「そりゃどーも。別にあんたらの命その他に一切興味ないんで、このまま引き上げてくれるんなら追わねえし警吏に報告もしねえけど?」

 おっさんとの距離を見つつ、じりじりとルドの結界の方へ寄って行く。野盗その一、二、三もおっさんの傍に集まっている。


 おっさんは皮肉から凶暴へと笑みの種類を変えると、セインの外套の下、見え隠れする胸の辺りに視線を這わせる。

「生憎と只働きは恥だっつー掟があってね。その首にかけてる紅玉の一つも頂かにゃあ、お頭にぶっ飛ばされる」

 瞬間、セインの目が細められた。赤土色の瞳に剣呑な光が宿る。

 その後ろで、ルドが「あーあ」と肩を竦めた。そしてすぐに杖を胸元に構え、新しい術式の構築を始めた。



 数刻ののち、近隣の村からの通報を受けた警吏団は、森の入り口で倒れていた野盗四人を捕縛した。

 四人はいずれもボコボコに伸されていたが、どんな相手にやられたのかは頑として口を割らなかった。




  ◆◆◆




「あれ、が、王都?」

 ルドが二、三歩先を行くセインの背に声をかけた。

 昨日から歩き始めた街道は、それまでの田舎道から一転、荷馬車が数台行きかうことも可能なほど広く、整備された大きなものになっていた。

 その道の先、爽やかな午後の光の中に白っぽい小山のようなものが見えている。

「ああ、そのようだな。……悪い、また速度上がってたな」


 答えてからようやく、セインはルドの息が上がっていることに気付き、歩調を落とした。振り返ればルドは、ほとんど小走りでついて来ていた。

「大丈夫だよ、セインの足が、早いの、いつものことだもん」

 笑ってセインに並ぶ。柔らかな土色の髪がふわりと風に揺れた。

 ルドの言い草に、セインは思わず苦笑した。そして前方の白い小山――の、ように見える、王都の建築群に目を戻す。


「お詫びに、ちょっとはいい宿を探そう。しばらく野宿続きで、さすがのルドもお疲れだろうから」

 セインの返しに、ルドも微笑を苦笑に変える。

「僕がセインの懐事情を把握してないと思ってる? いつも程度の宿で充分だよ」

「……ちびっこに金の心配させるような甲斐性なしで、ホント悪いな」

 すうっとの眼を細めてルドを見下ろす。ルドは明るい茶の瞳を光らせて胸を張る。


「こないだ、坑道であの女の子にうっかり全財産はたきかけた人だからね。油断できないよ、ホント」

 さらに表情を失くしていくセイン。美麗な面差しから一切の感情が削げ落ちると、かなり怖い。が、ルドは構わずに続ける。

「まぁ、人から見ればセインが保護者だけど?」

「うっさい。行くぞ」

 言外に世話をしているのは自分だと言われ、セインは無表情から一転してしかめ面になり、歩調を元に戻した。


 すぐに二歩の距離が開き、ルドの目にセインの長い髪が映る。

 腰にかかる長い髪。無造作に首筋で一本に束ねられた、軽くクセのあるそれは、ごく淡い金色をしている。月明かりの下で見たならば銀に輝く、光の加減で時に色味が違って見える不思議な髪。あちこちの土地を訪ねる中で、この髪色が珍しいということをルドは学んだ。

 だが今、ルドが気にしたのは、見慣れたその髪が少々傷んでいることである。


 ――アザリの実かユベラの花があるといいのに。


 世話焼きのルドは、髪に潤いと艶を与える効果がある薬草を思い浮かべ、先日野盗に襲われた森の出口に、ユベラの花が咲き始めていたことを思い出す。

 蕾のままでも使えないことはないので、採ってきておけばよかったのだが、あの時は野盗のお仲間がやってくる前にできるだけ離れてしまいたかったので時間がなかった。


 残念、と小さく独りごちて、十歩以上開いたセインとの距離を一息に駆けた。




  ◆◆◆




 辿り着いたのはゼフィーア王国の王都、クラルテ。

 大陸の国々の中ではごく平凡と称される王国――東の港町で上がる水産物と中央から南側にかけての平原地帯での放牧による畜産業が主体、穀類は西の隣国からの輸入頼みで、国民の生活水準は大陸において中の中という評価――だが、さすがに王都は王都としての威儀を整えていた。


 巨大な街は四方を石壁で取り囲んだ方形、北に政、南に商、東西に住。路は東西南北にほぼまっすぐ引かれる。

 王都の中心を南北に貫く大通りは当然これまでの街のそれよりも広く、南の大門を一歩入れば、左右にあらゆる品々を並べる店舗がずらりと並ぶ。

 間口を大きく開放している店がある。意味深に扉を閉ざし営業中の札だけを掛けている店がある。売り子が店の前を行く人々に声をかけ、値切る声に店主が威勢よく応える。


 ルドはセインの外套の裾を掴んで歩いている。普段なら絶対にしないお子様行為だが、この人波の中では簡単にはぐれてしまえる。


 セインは左腰に剣を帯びている。セインの左側に近づくと剣に体当たりすることになる。だからルドはいつもセインの右側を歩く。

 いつ剣を抜く事態になるともしれないので――先日の野盗ご一行のような者が声をかけてくることは日常茶飯事なのだ――右手をつないでもらうわけにもいかない。

 セインの右側を歩き、剣を抜く事態になればすぐにセインの後方に下がり結界に籠る。

 二人で旅をするようになって、少しずつ創り上げた暗黙の了解である。


 大通りから逸れ、まっすぐ引かれていたみちがうねり、入り組む地区に入って行く。どこの街でも、門からも役所からも離れた区画に安宿は存在する。当然治安も悪いが、セインの懐事情では、やはりこの辺りの宿に泊まるのが相応と言うしかない。


 いくつかの宿の者が声をかけてくる。胸元を強調してくる厚化粧の女たちと、そうした女を置いていると言ってくる男たちを無視し、食事が美味いと吹いた親爺に一泊夕食付で値を交渉する。

 しばらくやり取りした後、ほかの一人客と相部屋にし、ルドと二人で一つの寝台で休むことで折り合いがついた。


 案内された宿はあちこちが傷んでいる古い三階建てだった。建材の費用や強度の問題もあって、こうした下町の三階以上の階層はほとんど屋根裏のような天井の低さである。故に客室としては格安となる。



 相部屋と言われた通り、その部屋には先客がいた。

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