表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅の闇  作者: 水無神
第一章 ゼフィーア王国
16/90

15.深き闇這い出た所もまた昏く


 無音の世界。

 周囲を満たすのは紅の闇。


 手をかざす。――そう意識したが、目の前に自分の手は現れない。

 僅かなこの距離さえ闇に呑まれているのか。

 それとも自分には手足などすでに無いのか。


 そもそも、〈自分〉とは、何者であったろうか。


 いつからか、空間に響いていた声は聞こえなくなった。

 あれほど傲慢に、力を与えると言い放った声。

 あれほど執拗に、すべてを委ねろと迫った声。

 

 ただ静かに、紅の闇が一切を浸食してゆく。


 何を、求めて、声に従っただろうか。

 何を、想って、声に抗っただろうか。


 ――ああ。


 もう、いい。

 もう、疲れた。


 もう、眠ってしまおう。



 そうしてすべてを放棄しようと決めた、その刹那に。


 虚無の紅に、甘い香りと涼しい音が訪れた――ように、思った。




  ◆◆◆




 黄赤だいだいの眉が、ぎゅうっと中央に寄せられる。同時に、乾ききった唇から微かな呻きが漏れた。

「起きろ。ここがあんたの世界だ」

 声音は静かだが、どこか怒ったような口振りでセインは声をかけ続ける。答えるように〈鬼〉の瞼がほんの僅か押し上げられた。


「…………ぁ」

 掠れた小さな声と共にセインを捕えたのは黄赤の瞳。体も首も動かないのか、茫洋とした視線だけがしばし彷徨い、やがてセインの顔に固定され、


「別嬪さんいらっさ~い……」


 掠れて小さな呟きだったにも関わらず、その言葉は向かいの房に居たミシリーにまではっきりと届いていた。



「ええと? 別嬪さんの看護は嬉しいけど、何がどうしてこの事態?」


 〈鬼〉の目覚めの第一声にセインとルド以外の面々は一時的に凍りついた。

 ルドは笑いをこらえて肩を震わせ、セインは一瞬眉をひそめたが結局顔色を変えずに医師(鉄格子を蹴って解凍した)を招き入れて診察をさせ、無理はさせられないが短時間なら尋問しても大丈夫との言質を取った。


 医師が離れ、セインが寝台脇にひざまずくと、〈鬼〉は困惑したようにセインを見つめ、ごく簡単に現状説明を求めてきた。“石”に魅入られ、狂ったように喚きながら剣を振るっていた姿からは想像もつかないほど、生来の性格は軽いらしかった。


「……説明と謝罪はする。けど、先にあんたの話を聞かせて欲しい。

 今が、大陸暦の何年何月か、把握しているか?」


 〈鬼〉が数回瞬きをする。セインの言う『謝罪』の意味が分からないのと、名前より先に今日の日付を確認される事態に困惑を深めたのだ。

 だが、問い返すこともなく素直に回答をしてくる。


「ええと。悪ィ、大陸暦は覚えてねえ。新暦で九五九年の緋月ヒゲツ半ば……に、しちゃ肌寒いか? あれ、いつの間にか月が替わってる?」


 〈鬼〉の言葉にセインの顔が歪む。


 大陸暦は大陸創造ののち、人が最初の国家設立を宣言した年を元年とし、新暦は神の子〈アスカ〉が世界の浄化を宣言した年を元年とする。現在は春を迎えたことで新暦の九六〇年になっている。

 そして緋月は晩夏の月、今は盛春の月である青月セイゲツの上旬だ。

 〈鬼〉の記憶は半年と少し、飛んでいることになる。


 セインはそれらの情報を〈鬼〉に与えずに問いを重ねた。


「柄尻に黒玉を嵌めた大剣を入手した時期と経緯……と、あんたの素性を」

「お、別嬪さん、ようやく俺の事訊いてくれたね? 名前はカイル。別嬪さんの名前も聞かせてくれねーかなー?」

「……セイン」

「セインね、セイン。うん、すっきりしてていい名前だな~」


 げっそりと痩せこけた顔を妙にキラキラさせて笑うカイルとは対照的に、セインの表情は暗いままだ。

 セインがじっと黙っているのを見て、カイルは渋々と他の質問への回答を続ける。


「あーっと、剣ね、剣。……去年の秋の初めにアバスとイーハの国境近くの、神殿の遺跡から発掘した戦利品のひとつで……、他の色々よりカッコイイってことで俺の取り分にしてもらって。ガキ臭いけども。これだけでいいからっつったら皆も笑って俺に譲ってくれて……。

 ここにいるのは、俺一人、か? なあ、皆は?」


 ふと自分の言葉から思い至ったのだろう、共にいたらしい仲間のことを問うてくる。


「悪いが、分からない。……あんたの、仲間というのは?」

「オルヴァの一家だ。大陸南部三国の国境を渡り歩く盗賊団」

「……班長さん、オルヴァ一家という盗賊団を知っているか?」

 カイルがさっくり言う以上、ある程度名の知れた賊かとアレイクを振り返る。だがアレイクは僅かに眉根を寄せて首を傾げただけだった。


 そのアレイクの背後から高い声が響いた。

ウッソ――――ッ!! オルヴァって言った? 言ったよね? そしてあんたが身内だって言ったよね〈鬼〉なのに!?」


 裏の世界には通じているミシリーの絶叫。

 アレイクが驚きつつもなだめようとするのを無視してさらにミシリーは叫んだ。


「冗談やめてあたしの夢と希望と理想とその他諸々が一切合切ぶち壊しになるからやめてあんたがオルヴァの身内とか絶対やめて――!!」

「ミシリーさん、落ち着きましょう。落ち着いて誰なのか説明しましょう」

「わぁいルド君その白い光る球はあたしに当たると何が起きるのかなドカンと弾けたりするのかな落ち着くから投げないでね苛めないでね」


 息も継がずに騒ぐミシリーにルドがにっこり笑顔で光球を突き付け、それに引いたミシリーがもう一息だけ喚いた後、数回深呼吸をする。

 息を落ち着けて状況を見れば場の視線がミシリーに集中していた。

 まだ身体が言うことを聞かないカイルも必死に首を回したらしい、顔が見えている。

 ――なぜか法術士だけがルドを凝視して固まっていたが。


「ええと、ね。あたしはオルヴァの誰にも直接会ったことはないんだけどね。裏の世界では多分大陸全土で知られている一家。

 義を尊び情に篤く悪政を嫌う、ちょっと変わった盗賊団。つっても追剥強盗の類と違って基本は遺跡探索・発掘で稼いで、その稼ぎを孤児院だったり施療院だったりに割と惜しみなくばら撒いて行く、賊は賊でも義賊の一家。

 ――間違っても、無暗に殺生して悦ぶような奴は身内に置かないわよ」


 どこか夢見心地のうっとりした表情を、最後の一言を発するときには冷徹に引き締めた。その冴え冴えとした蒼い瞳はまっすぐにカイルを射抜いている。

 カイルは応えない。ただその冷たい瞳を素直に見つめ返していた。


 ミシリーが〈鬼〉の存在を知ったのはおよそ五ヶ月前、間もなく一般にも知られ警戒され出した。それはつまり、カイルの記憶が飛んでいるらしい半年余りの間のことだ。

 セインは『傀儡』と呼んでいた。カイルは〈鬼〉と同じ肉体を持つが、その意識こころはまったく別個の物ということだ。だから、カイルにはミシリーの冷たい言葉の意味を理解できないのだろう。


 ミシリーは溜息と共に瞳を逸らす。

 そう、半年だ。ミシリーがこの情報を掴んだのも、半年前の出来事としてだった。

 思わず顔を伏せて最後の情報を提示する。

「……そんな義侠心溢れるオルヴァの一家、半年くらい前に、壊滅してる」


「嘘だ」

 即座に反駁したのはカイルだ。

「ありえない。そこらの国軍風情に後れを取る連中じゃない。余所の賊連中に絡まれたくらいでどうにかなる連中ではもっとない」


 声を絞り出しながら身を起こそうともがく。腹にも腕にも力が入らない。忌々しく思いながらそれでも何とか腕を掛布から引き抜こうと足掻いていると、白い繊手に静かに肩を押さえられた。

 カイルが視線でその手の先を辿ると、セインが痛ましい物を見る目をしていた。


「…………ごめん、なさい」


 零れた謝罪にカイルは面食らった。

「え? ええ? 何でセインが謝る? まさか皆をどうにかしたのがセインとか言う!?」

「違う。いや、遠因としては違わない、か」


 軽く頭を振って、再びミシリーに視線を戻す。

「ミシリー、その『壊滅』の内容は具体的に分かるか?」

「――全員、斬殺されてたって。頭領のバルガ・オルヴァ以下、二十数人の一家全員」


 セインが押さえたカイルの肩が大きく震えた。

「……ありえねえ。絶対ぜってえありえねえ! お頭は誰にもれねえ、俺だって一度も敵わなかった最強の双剣使いだ!!」


「あたしだって信じたくはないわよ! でも本当にこの半年はオルヴァ一家の動向は聞こえてこないのよ! あたしはオルヴァの事は気に入ってたし、だから壊滅の噂を聞いた後は特に気にして網張って情報集めるようにしてたのに!」


 頑なに聞き入れないカイルにミシリーが弾けた。

 一気に叫び、荒くなった息を整えつつ蒼天の瞳をカイルに据えた。


「唯一入った続報は一家の死に様と犯人像の噂。死体の検分結果から凶器は刃渡りの長い大剣、全員武装していたにも拘らず抜刀していなかったことから顔見知りの突然の犯行の可能性あり、一家を知っている人間が死体を数えてそれぞれの顔を確認して……『こども』が一人いないと言ったそうよ」


 カイルの肩が再び震え……目をみはったまま硬直した。


「その足りない『こども』、夕焼けの子って呼ばれて頭領にも一家にもかわいがられていたってね? 赤ん坊の頃に頭領に拾われて、一家に育てられた末っ子だってね?」


 ミシリーがどこかで聞いた気がしていた『夕焼け色の髪』、それはオルヴァ一家に関わる言葉だったとようやく思い出した。カイルがオルヴァの者と言うならば、カイルこそが『夕焼けの子』――そして、ほぼ確実に、一家斬殺の、犯人。

 カイルの顔からは血の気が引いている。意識を取り戻してから少しだけ赤みが戻っていた頬が、今は新雪のごとき白になっている。


 微かに唇を震わせ言葉を紡ごうとしているようだが、しかし、何を言えるだろう。

 セインは触れた肩からカイルの容体を窺う。あまり無理はさせられないし、医師にもそう念を押されている。

「……ごめん。

 きちんと説明をしたいけど、今はあんたの身体が限界だ」


 セインが声を掛けるがカイルは反応しない。向かいの房から鋭い眼を向けるミシリーを凝視したまま固まっている。

 そっと立ち上がると、大人びた苦笑を滲ませてルドが近づいてきた。

「強制的におやすみなさい、でいいのかな?」

「頼む」


 ルドはカイルの寝台の側に立ち、杖を握りしめて術式の構築を始める。


 そうして――柔らかな光に包まれて、カイルは夢も見ない眠りへと誘われた。


〈鬼〉登場後、「カイル」の名乗りまで長かった…。

編集中の仮タイトルを「ようやくカイル」とつけるくらいには長かったorz


暦は一年:十二ヶ月、一ヶ月:四週間、一週間:八日、です。


2013.12.23 一部修正(月の名前部分)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ