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紅の闇  作者: 水無神
第一章 ゼフィーア王国
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13.草枕十年続けてこうなった

 セインに宛がわれた客室の外、扉に背を向ける形で立っていたアレイクは、扉が軽く軋んで開かれる気配に振り返った。


 先に姿を見せたのは、妙に満足げな顔をしたルド。この客室にセインが運び込まれた当初に手配された小奇麗な衣裳を纏い、手にはいつもの短い杖。

 にこにことした笑みのルドから目線を上げると、物凄く不満げな顔のセインが出て来た。先程アレイクが揃えた衣裳一式をきちんと着込んでいる。


「何がそんなに不満だ、セイン。よく似合ってるじゃないか」

「ですよね!? セインってば綺麗でしょ!?」

 僅かな驚きを含めた微笑みを浮かべて声をかけたアレイクとその言葉に喰い付いたルドは、セインの顔がますます渋くなるのを見て同時に爆笑した。

「いいじゃないか。そんな格好、旅の途中じゃ滅多にできないだろう?」

「いや別にしたくない走れない動けない暴れられない」

 笑いをなんとか収めようとしながらアレイクが言えば、即行でセインが切り返す。


 セインに与えられたのはゼフィーア王国における略式正装の一式だった。


「というか、正装なのは仕方ない。誰が来たにせよ夜着じゃマズイのは理解する。でも、なんで、」

「必要なのは正装であって仮装じゃないからだと思うよ?」

 セインの言葉を遮ったルドの言葉に、アレイクが再び噴く。


「た、確かに『仮装』は必要ないな。上手いな、ルド」

「……別に日々『変装』をしているつもりはねぇんですけど、班長さん?」

「素で男前なだけもんねぇ」

 敢えて『仮装』を『変装』に言い換えたセインを丸っと無視してルドが笑い、セインは開いた口をそのまま歪めて黙った。


 セインは普段、動き易さや防寒性などの機能重視で衣服を調達する。染めた糸や布を使ったものは相応の値になるため、基本は生成り無地の物ばかりだ。そういった物を無造作に古着屋で調達するのがここ数年の定番になっている。

 まだ完全には大人扱いされないセインがそうした底値の買い物をしていると、気のいい商人などは値を落としてくれたり靴下や手巾などの小物を付けてくれたりする。

 そんなことを繰り返しているうちに、幼い頃には確かにあった筈の華やかな衣裳への興味は、すっかりさっぱり完全に失くしてしまっていた。


 ちなみにルドの分は小袴ズボンだけ子供服で購入し、上衣シャツは自分と共用で済ませている。袖を幾度も折り返して手を出し、余る裾は腰紐を巻いてたくし上げて膝上辺りに調節するという荒業だ。


 そんな被服感覚のセインに、アレイクが衣裳室から見繕ってきた衣裳はすべて絹素材、紅玉の首飾りが映えるよう緑を基調とする一揃いだった。

 淡い緑色の長衣は襟が詰まっている仕様、胸元で切り替えた薄絹が幾重にも襞を作って足首まで伸びる。羽織は濃い緑で腰上の短めの丈、さりげなく施された細かい銀糸の刺繍が日に当たってはキラキラと光る。半分だけ結い上げた長い髪を飾るのは真珠をあしらった金の髪留め。華奢な造りの靴は踵が少しばかり高くされている。


 ――――セインに与えられたのは、『女性用』の、正装一式だったのだ。




  ◆◆◆




 王城の一画、客室が設けられている棟の一階に豪奢な応接室があった。

 凝った造りの調度品、南側の壁面に大きく取られた窓から差し込む午前の陽光がそれら調度品を一際輝かせる。供されている一級品のお茶、もちろん器も超の付く高級品。

 だが、そんなものには目もくれず、面会人は直立不動の姿勢で部屋の中央で扉に向き合っていた。


 やがて静かに扉が叩かれ、来客を告げる。

 面会人が頷くと同時に控えていた侍女が扉を開く。

 先頭を切って入室してきた緑衣の娘を見て、面会人は息を飲んだ。


 すらりと伸びた背は高く姿勢が良い。先日出血多量の重傷を負ったと聞くが、そもそも色白だと知っているだけに顔色が悪いとは思わない。薄紅色の唇は肉感に欠けるが、すっきりと通った鼻筋とともに怜悧な美貌をより引き立てている。淡い色の髪は腰に届いて美しく、赤土色の瞳を隠す前髪の長さだけが少々野暮ったく思えた。


 ――美しい娘になった。


 面会人は内心で嘆息し、そうしてふと、この夏で十八という年齢を思い出して微かに眉根を寄せた。細く薄い身体つきをそれとなく検める。


 ――確かに美しくなったが、十八にしては色香が足りないか?


 セインの耳に入れば大きな世話だと即断される感想。もちろん、面会人はそんな言葉を唇に乗せることはしなかった。



 セインは自分を凝視する面会人の元へゆっくりと歩を進めた。


 三十前後だろうか、厳しい顔つきが老成した印象を与えるが、衣の上からも引き締まり均整がとれていることを窺わせる体格が若さを主張している。

 まっすぐにセインを射る瞳は深く沈んだ色味、白い物をまだ混じらせていない黒髪は後頭部で一つに括られ、毛先が首元をかすめている。

 飾り気のない黒の、丈の長い上衣。官位を名乗って面会を求めた以上は官服か。鮮やかな赤の帯と翡翠の帯飾りは、どちらかが位階を示す筈。


 ……見覚えがあるような、ないような。いや、確実にある、けど……誰だっけ。


 古い記憶を必死で掘り起こしつつ、セインは面会人から三歩の距離で足を止め、真正面からその顔を見据え名乗る。名乗りたくはないが礼儀として本名をきっちりと。


「セイン・フォル・アスカ・ユークリッド、参りました」


 右の拳を左の掌で包み、それを右腰に引き当てて腰を折る。略式だがシルグルアの礼の型、これだけはしっかりと覚えていた。

 下げた頭を戻し、再び面会人と正対すると、相手はまだ厳しい表情でセインを見つめていた。


 …………名乗れよ。


 苛立ちが顔に出ないよう無表情を心掛けながら、セインは内心で毒づいていた。

 三十前後に見える面会人、セインの身許確認というなら母国シルグルア時代を知る人物の筈。ということは最後に会ったのは近くて十年前、彼が二十前後。驚くほど見た目が変わっている年ではないだろうが――如何せんセインの記憶の方が心許ない。

 顔より声より、名前の方がセインの記憶には多く残っているのだが、名乗ってもらえないと照会のしようがない。


見つめ合う――というか、睨み合うこと数拍。ようやく面会人が口を開いた。


「……綺麗になった。セイン、久し振りだな」

 呼び捨てにする程度には親しかったらしい。だが、やはり名乗らないのでセインには応えようがない。

 微動だにせず先の言葉を待つ。

 面会人はそれまでの厳しい表情を一転して和らげた。目元が潤む勢いで嬉しそうにセインへ一歩近付く。


「国を出て、五年くらいは便りも来ていたのに……この五年は完全に消息不明だったからな。私も父も、王家の方々もずいぶん気を揉んでいたよ。本当に、無事でよかった」

 思わず後退しそうになった自分をギリギリ引き留めて、セインは面会人を見返す。

「……申し訳ありませんが、いずれのお方か思い出せずにおります。御名をお聞かせくださいますか」


 思い出すことを諦めて正直に問えば、面会人は寂しそうに顔を歪めた。

「たくさん遊んであげたのに、つれないことだなぁ。まあ、子供だったしな。

 イライアス・フォン・アルギウスだ」

「あ――…、お父上が領主代行に就いてくださった?」

 ざくざくと記憶の発掘を行った結果、思い当たったのは『アルギウス』の姓、同時に目の前の男性にもう少し貫録を付けた感じの壮年の男性の姿を掘り当てる。


「そうだ。が、しかし……私より父の方が印象に残っていたのか? 触れ合いの時間としては私の方が倍以上あった筈だが」

 イライアスが苦笑交じりに愚痴を零す。

 申し訳ありません、と再度謝罪したセインは、続く言葉にその表情を固まらせた。


「――セイン。クロッセが亡くなった、というのは事実か?」


 セインの斜め後ろ、五歩程度の距離を取って控えていたルドも、セイン同様に身を固くするしかなかった。

 血の気が引く。

 大量に失血したが故の貧血症状に追い打ちをかける勢いで血が下がっていくのを感じ、セインは足を踏み締めた。


 ……倒れている場合じゃ、ない。


 静かに息を吐き、吸って、声が震えないように必死で己を律して返事をする。

「はい……。五年前、音信が途絶えたのはそのためです」

 俯けた顔は上げられないまま、言うべきだけを言い切る。

「一人になった後、それまで義兄クロッセが行っていた国元への連絡を全く失念し今に至ります。申し訳ありませんでした。後ろの子が現在の連れ、ルドと言います」

 深く頭を下げることで表情を隠し、相手の反応を待つ。


 硬くなっていたセインの頭に降ってきたのは小さな溜息だった。

「……そう、か。まさか、あいつが先に逝くことになるとはな……。

 五年前となるとセインもまだ十二、三だったろう。辛かったな」

 セインの肩にそっと手が乗せられる。大きくて温かな、久しく感じることのなかった大人の男の手。だがそれに安堵よりも恐怖を感じる。


「セイン、詳細はお前の体調が快復してから聞かせてもらおう。顔を見て、無事を確認できただけで今は十分だ。もう休みなさい」

 セインのぎこちなさを十年振りの対峙では感じ取れなかったのだろう、イライアスは応接室の扉近く、直立姿勢で控えていたアレイクに眼を転じる。


「ダシルバ殿、彼女の身許は私の名においてシルグルア王国第一の貴族、ユークリッド家の当主であると保証する。長く消息を案じていた方の所在をお知らせいただいたことに感謝します」

「――恐れ入ります、アルギウス様。その旨、確かに承りました」

 右手を胸に当て、頭を垂れてアレイクが応じる。

 イライアスが頷いてセインに視線を戻したところで、セインも頭を垂れた。


「すみません、イライアス。お言葉に甘えて下がらせていただきます」

「ん、ゆっくり休め。数日は私もこちらに滞在をお許しいただいたから、どこかで時間は取れるだろう」

 

 ――『数日』って何日だろう。その間病人で押し通して煙に巻けないだろうか。


 義兄あにの話はあまりに重い。

 その気の重さに、退出の礼を取りつつかなり薄情な発想をしたと一瞬反省するが、振り返ったところで目に入ったルドの表情も同様の思いを秘めていたので、問題ないかと思い直した。


セインの性別ネタはこんなに引っ張る筈では……。

必死で「少年」と書きたくってきてたけどバレてたでしょうか。


「06.一族の~」のラストで師団長がセインにした質問は

「で、性別どっちだっけ?」

情報として「ユークリッド家当主は娘が継いだ」と知っていても

つい念押ししたくなる程度にはセインさんは男前だったもよう。


でもその前の会話でセインが「両親は義兄を私の伴侶にと考えていたかも」

という、女と名乗るに等しい言い回ししていたことに最近気づきました。

「婿」と書いて、いやいやマズイ、と修正した記憶はありましたが、

文脈を修正しきれていなかったというorz

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