12.大騒ぎ責任取るまで終わらない
セインの治癒はルドが法術で真っ先にしてくれたらしい。まあ、そうだろう。
ただ、血管を修復し傷口を塞ぐことはできても、失血を直接的に補う治癒術というものは存在しない。そのため、傷を治した後は造血作用の促進と体力の底上げという対応しか取れず、セインは丸二日目覚めなかったそうだ。
既に「シルグルア王国の高位貴族」として話が通っていたセインの身柄は、なし崩し的に王城の内郭に運ばれ、客室の一間を与えられて今に至る。
「ちなみに俺は本来、内郭に立ち入れる立場にないんだがな? 気付けばお前らのお守り継続を命じられて、本来侍女や侍従がやることだろう身の回りの世話を一身に請け負っている訳なんだがな?」
にこやかに言うアレイクの笑顔が微妙に黒い。普段の人当たりの良い柔らかな笑顔とほぼ同じ表情なのに、何かが黒い。
「…………申し訳ありません…………」
微笑みかけられたセインは大人しくするしかなかった。
放っておけば意識が戻るなり脱走しかねない。
そうノーマンや他の上役たちに進言したのはアレイク本人で、言えばこうなることは解っていたが、黙って甘受できる程アレイクも老成していない。
〈鬼〉の方はセインが生かしておくことに拘ったのを尊重して、一先ず投獄してあるという。
セイン同様に昏倒した〈鬼〉の意識は今もまだ戻っていない。医師の診断では肉体的な衰弱が甚だしくこの数日が明暗を分ける山、回復するとしても長期に渡る療養が必要になるだろうとのこと。一応、医師と法術士とで治癒にあたってくれているらしい。
この辺りの手配はまたもノーマン師団長が請け負ってくれたというから、彼も相当のお人好しかもしれない。
ルドに嵌められる形で結界に閉じ込められたにも関わらず、ノーマンはルドを一切咎めなかった。
代わりとばかりに一緒に閉じ込められたミシリーを捕縛し、城内への侵入と王妃殿下への不敬を問うため〈鬼〉が投獄された房の向かい側に放り込んだという。
「ええと。そもそもは私が頼んだのが原因だし、そこは減免を願い出ておこう。うん」
顔は合わせたくないけど、と小さく続けたセインに、ルドが剣呑な目を向ける。
「セイン? ミシリーさんにまぁた言われないと分からない?
『ありがとう』と『ごめんなさい』は使いどころを間違えちゃダメだし、これを言うときは相手と向き合って、目を見て伝えるのが本当だよ?」
「うぅ……、分かって、る。怒るなよ、ルド」
睨むルドに眼を泳がせるセイン。その傍でアレイクが笑いを噛み殺している。
ミシリーに簪を奪われ怒声を上げていた王妃は、しばらくすると落ち着きを取り戻したらしい。ルドが師団長経由で法術士による観察を勧め、その進言を入れて邪気の状態を確認されたそうだが、特に危ぶむ要素はなかったそうだ。
王妃は自分の簪が――正しくはそれに留められていた“石”が、賊を取り押さえるために重要な役割を持っていたと聞き、それならば不敬罪に問うことはできまい、とまで言ったという。
相当な寛容さだが、これは王妃に対する騒ぎの原因となったセインが隣国の貴族である、という事情も多分に含まれる。
「ああ……、じゃあ、やっぱり軽度だったんだな、王妃は。よかった……」
「王妃殿下への行為は不問に処されたし、侵入罪についても同様に赦免される方向で審議がされている。ということで、身を呈してお前の力になろうとしたミシリーに、もうちょっと真摯に向き合ってやったらどうだ?」
恐らくは処罰に及ばず、としてミシリーは釈放されるだろう。それはセインにとっても望ましい結果である。
であるが、アレイクの科白の後半にふと首を傾げた。
枕を支えに上体を起こしているセインの隣、寝台の端に腰掛けているアレイクを見る。同じく寝台の端に、こちらは完全に両足を上げてしまっているルドも、セイン同様アレイクを見て首をこてんと傾げた。
「あいつ、お前に好意を持っているだろう。その種類は置くとしても、騙して利用して放り出すのは人としてあまりに非道だぞ」
『………………』
アレイクの言わんとするところを察し、セインもルドもとっくりと黙り込んだ。
かなり長い沈黙の後、セインは「礼を言いがてら、きちんと話をする」と、かなり疲れた顔でアレイクに約束した。
◆◆◆
ミシリーは半地下の牢獄の一房にいた。
正しくは投獄されていた。すでに四日目の朝。
「……まあ、獄舎にしては設備整ってるしぃ? 黙ってても朝夕で食事が出るしぃ? いいんだけどねぇ?」
通路側の一面には鉄格子、残りの三面は冷たい石造り。その石壁の一面に小部屋のように窪んだ部分があり、水場として最低限が整えられている。窓どころか明かり取りの隙間さえ房の中には空けられていないために終日薄暗いが、環境としては悪くない。
ミシリーは鉄格子の前に両手を腰に当て足を肩幅に開いてきりっと立ち――向かいの房の住人を睨みつけていた。
向かいの房の、奥の壁に据えられた寝台に転がる人影。
ミシリーが師団長に捕獲されて投獄されるのと同時に放り込まれ、医師や法術士までが出張っての治癒を受けている〈鬼〉は、手入れされて輝きを得た黄赤の髪を枕に垂らして今もなお昏々と眠り続けている。
情報をタレ込むだけのつもりだった、「裏の世界」の住人であるミシリーとても関わりたくなかった「闇の世界」の住人。
「あんたのことがなけりゃあ、こんなとこで三泊もせずに済んだんだけどねぇええ」
言っても仕方のない恨み言を、ついつい口に出す。一体いつになれば出られるのか。というか、あれだけの事をしでかしておいて果たして命は拾えるのか。全くもって自分の状況について明るい展望を持つことができない。
「……あ、でも、その場合、セインさんとより親しくってのは不可能だったか?」
ふむ、と小首を傾げる。
昨日の午後になってセインは目を覚ましたという。近いうちに礼をしに顔を出す、というセインの意向を報せてくれたのは、朝夕律儀に獄舎を訪れてはミシリーと〈鬼〉の状況を確認して行くアレイク班長である。
「あの兄さんもなぁ……。そんだけ融通利くなら釈放に尽力してくれてもいいのにぃ」
ちなみにアレイクが尽力するまでもなく釈放に向けて話が進んでいることは、さすがにまだ知らされていないミシリーである。
はあぁ、と盛大な溜息を落としたところで本日の朝食が運ばれてきた。
味の薄い野菜炒めと少々の肉の煮物が添えられた、主食と呼べるのは寒冷地でも育つ芋を蒸かして潰して軽く塩をふっただけの代物。
「芋いもイモ、今日も今日とて芋が主役~。せめてもちょっと工夫しろ~」
穀類のほとんどが輸入頼みのゼフィーア王国において、囚人の食事に粥や麺麭など出てくる筈もない。
「そのうちあたしも芋娘~。……ってなってたまるかコンチクショウ!」
ミシリーの軽い調子に、食事を運んできた兵士は内心で微笑んでいた。投獄されるような真似をした人物の手前、実際の表情に感情は乗せていないが、牢獄を担当する兵士たちの間でミシリーの評判はかなり良かった。
いわく、見ていて飽きない。むしろ、面白おかしい。いっそ、和む。
生温かく見守られていることなど微塵も気付かずに、ミシリーは貧しい朝食をきれいに平らげていた。
◆◆◆
意識の回復から一夜、セインは取り敢えず寝たきり状態を脱出した。
自力で浴場へ移動し――なんと与えられている客室に付随していた――体を流して髪を洗い、身支度を整えて朝食の席に着く。
水分多めの雑穀粥と薄い味付けの魚貝の羹は食べ易いのだが、貧血状態を鑑みてだろう緑野菜と肝臓肉の炒め物が朝には少々重めだった。
ルドが「お残し禁止」と睨むため、重いと愚痴りながらもなんとか完食し、食後のお茶をルドと二人で啜っているところにアレイクが顔を出した。
「ちょうど食べ終わったところか。気忙しくてすまないが、動けるなら一緒に来てくれないか? 面会人がいるんだが」
「面会人、って私らに?」
心当たりなどないセインとルドが一様に首を傾げる。
「正確にはセインに、だな。身許確認の一環だ」
アレイクの言葉にルドは納得の表情をし、セインはさらに怪訝な顔をする。
「いや、まあ、確かにルドは身内も何もないし、私の身許がアレだから確認に慎重なのは解るけど。……誰?」
「ご身分としてはシルグルア王国外務府外交官、ゼフィーア王国メール港湾都市駐在大使殿だ。セインとの関係性については会えば分かる、がその方のお言葉で、俺からは喋るなと釘を刺されているからそれ以上は訊いてくれるな。
服装は……それじゃマズイな。ちょっと待ってろ」
言い置いてアレイクが退室する。
「外交官、ねえ。十年前も同じ地位だったとは思えないからさっぱり分からないな」
「それよりセイン、班長さんが戻る前に髪くらい整えない? まだ生乾きでしょ?」
茶器を片手に頬杖をついてぼやくセインを尻目に、ルドはさっさと椅子を降り、鏡台の前に立ってセインを促す。
セインの長い髪を乾いた布で丁寧に拭いながら、どんな衣裳を整えられるかなとルドが言えば、セインは今の格好よりはましにさせられるんだろ、と素っ気ない。
セインが今着ているのは病人に相応しくゆったりとした夜着に厚手の羽織のみ。決して身内以外の他人に見せられる格好ではない。
面倒だな、とやる気のないセインの隣で、そんな格好のセインを見ても全く動じていないアレイクもどうなのか、とルドは微かに苦笑した。
さほど間を置かずに戻ってきたアレイクの手には一山の荷物。衣裳の入っていると思しき大きな箱だけでなく、靴などの小物だろう小振りな箱もいくつか抱えていた。
外にいるから着替えが終わったら出て来い、とセインに一式を渡すと再び退室。
寝台に衣裳を広げ――ルドは目を輝かせ、セインは呻いた。




