前口上/月夜の邂逅
プロローグのみ一人称です。
2013.10.04 タイトル変更
まだ春の浅い、寒さの残る夜。
半分に欠けた月が中天にかかる頃。
とある山中、廃墟と化した砦の只中で。
「…………結局、」
あたしは、ぽつりと呟いた。
そうして次の瞬間、それを悲痛な叫びに変えた。
「結局、無駄足かあああぁっ!!」
あたしはお金とお宝をこよなく愛する女盗賊。まぁ、いくら生まれた時から裏の世界育ちったってまだ十五だし、半人前扱いされてるけど。
この砦に遺されていると噂された宝剣を求めてここまで来た。
砦が現役だった頃に仕掛けられた罠の数々を避け、天井が床が壁が崩壊し築き上げた瓦礫の山を越え、ようやく最奥部まで辿り着いた、その結果。
「――うん、まあ、そうだよね。ここが放棄されてウン十年だもんね。とっくの昔に持ってかれてるよね。でも法術士に力を込められた宝剣は今も主を待ってるって話もあったんだよ。あったんだよおぉう」
がくりとその場に膝を突き、大袈裟に嘆いてみる。
うん、ほんとにね。分かっちゃいたのよ。一応。
あたしみたいな可憐な少女がなんとか入り込めちゃうよーな所に、そんな目ぼしい物が残ってる筈ないよね、って。
でもさあ。ホントになんも無しって。
「あ――…、帰るか」
一頻り嘆いた後、ゆっくりと立ち上がり、のろのろと背後の瓦礫の山に向かったのだった。
クタクタになって砦を出て、歩くこと半刻ほど。
仮の塒と定めた坑道の入り口が見えたところで、あたしは足を止めた。
かつて貴重な鉱石が掘り出されていた坑道は、それを守るために在った砦と共に廃され、今は虚ろな口を開いているだけだった――のに。
闇の中、坑道からは青白い光がわずかに零れ出していた。
息を潜め、足音を殺して坑道入口に近づいていく。
坑道に入ってすぐの枝道の脇に荷物を置いて行ったのに。
毛布や衣類や、旅の日用品ばかりだが、今回の探索が空手に終わった以上、うっかり盗られて買い直しとなっては手痛い。痛過ぎる。
静かに入り口に寄り、そうっと中を伺う。
人影は、ふたつ。
子供? あたしと並んでも頭のてっぺんが胸の下に届くかどうか、ってくらい小さな子供が、あたし、というか坑道の入り口に背を向ける形で立っていた。
両手で捧げ持っているのは法術士が持つ杖をうんと短くしたモノっぽい。その先端に青白い光が灯されている。小さいのに、法術士なの?
そしてその向こう。線の細い少年が坑道の壁を探っていた。無造作に束ねた長い髪が、青白い光に照らされ銀色に淡く輝いている。
――あれ、かなりキレイな顔してる?
あたしの位置からじゃ横顔しか見えないけど、鼻筋がすっと通ってて、凛々しい感じ。
うわあ、こっち向かないかな? 正面からその顔見てみたい~っ!
って、いらんこと考えました。少年、こっち向いちゃいましたよ。
人間離れしてるってくらい整いまくってる。ちょっと眼つき鋭い感じだけど、でもそれが凛々しさを引き立ててる。すっごくキレイ。白皙の美少年ってこういう人のことよね。光が青白いからってだけじゃないでしょ、その肌の白さ。
思わず見惚れていたら、まっすぐ彼がこちらにやって来た。
そして、座り込んでいたあたしの目の前に、白く煌めく物騒な硬質のモノ。
「…………何やってる、あんた」
ええと、お声もステキですね。高過ぎず低過ぎず、女声低音と男声高音の間のような、不思議な響き。そっと名前を囁いて欲しいです。
こんな、剣突き付けて、怒気バリバリに浴びせる感じではなく、甘く優しく!
「怪しいでしょうが悪気はありません! この坑道のちょっと奥に荷物を置いてお散歩してた旅の者です!! 戻ってきたら光が漏れてて、荷物盗られたら嫌だなぁとか考えながらとりあえず覗き見してみたらば、あまりの美形兄さんがいるので見惚れてましたっ!!」
一息に弁解してみたところ、剣の切っ先があたしの目の高さで揺れた。
あたしの言葉を咀嚼するように、キレイなお兄さん――あたしより、いくつか年上っぽいのでお兄さんで通す――が、じっと見下ろしてくる。青白い光は坑道から出てくる様子はない。沈み始めた半月の明かりではその瞳の色はよく見えない。茶か、琥珀か。明るめの色味だろうとしか。
と、愛らしい声が坑道の奥から響いてきた。
「セイン、奥に背嚢と毛布があるよ。その人の言ってる荷物ってこれじゃない?」
「はい! あたしのでっす! 今夜はここで夜明かしする予定なんです!!」
どうやらお兄さんと一緒にいた子供はあたしの言葉の真偽を確認してくれていたらしい。
ふむ、お兄さんのお名前はセインさん、と。
「お兄さん方がここで何してるのか知りませんが、野宿場所を探してるならここは良いですよ! 風が吹き込まなくて割と暖かいですから!」
必死で言い募ると剣が引かれた。
「……静かに寝てな。用が済んだら出てくから」
うう、怖いよう。
顔はキレイなのに。超好みなのに。なのにいいぃ。
そそくさとセインさんと、その傍に戻ってきた子供の横を通って奥に入り込む。
擦れ違いざま、子供がぺこりと頭を下げた。明るい茶色の髪と、同じ色の瞳。可愛らしい顔立ちだけど妙に落ち着いた雰囲気の男の子。
「すみません、できるだけ静かにしますから。ゆっくり休まれてくださいね」
かけてくる言葉も子供っぽくない。……不思議な子。
ごそごそと毛布を広げて丸まる。青白い光は少し弱められたっぽい。
あの子、気遣い屋さんだなぁ。お礼、言うべき?
そう思って、ちょこっとだけ、枝道の向こうを覗いてみた。
セインさんは、やっぱり壁の一部を探っているみたいだった。明かりはその手元を照らすように掲げられている。
押したり、叩いたり。セインさんが苛々してるのが分かる。
――あー、あの壁。そういえば。
「…………そこの仕掛け、開ける?」
かなり躊躇ってから、そっと声をかける。
二人同時にこちらを見た。男の子は興味津々な感じの眼で、セインさんは、思いっきり訝しむ感じの眼で。
「ここに落ち着いた時にね、一通り変な罠とかないか確認したから。
そこの裏、狭いけど隠し部屋みたいのがあったよ。開ける?」
たぶん坑道の監督官とかが金庫代わりに使ってた隠し部屋でしょうね。
半人前扱いでも一応盗賊名乗ってますから。そのくらいはできましてよ?
「……」
「セイン、お願いした方が早いと思うよ。この向こうにあるのが判ってても、このままじゃ取りようがないじゃない」
男の子の言葉に、セインさんは諦めたような表情をして、探っていた壁から一、二歩下がった。
「できるか」
ははは、『お願い』じゃないんですね、セインさん。実は結構な俺様ですね。
でもそれって時と場合によりゃあしませんか。
ま、そのお顔に免じて黙って開けてあげますけど。
ひょいと身を起こして、セインさんが探っていた壁へ。
しゃがみこんで足元にある、ちょっと大きめの石をぐりんと捻る。石の後ろに片手がなんとか入るくらいの穴が開いて、その奥にある把手を引く。
ごぐん、と鈍い音がして、壁の一部が手前にずれる。高さは男の子の背と同じくらい、横幅は、あたしが両腕の肘を畳んで広げたくらい。
ずれた部分に手をかけて、ずずず、と横にずらせば動いた壁より一回り小さい穴。
「はい、どうぞ~。閉める時は逆の手順だから」
言って脇に寄ると、セインさんは黙って穴の中へ。……いや、だからさぁ……。
その後ろから男の子が杖を差し込む。ああ、明かりね。そうね、中、真っ暗だもんね。
「すみません。セイン、本当に愛想がなくって」
セインさん、なんか子供に面倒みられてますよ――…。
確か中は、成人男性が手足伸ばして転がったら目一杯な狭さ、天井はあたしが立ってスレスレ。てことはセインさん頭打つよね、中腰移動だよね。
そんな姿を是非見てやろうと男の子の背後から、こっそり中を覗いてみる。
あたしが覗き込んだ時、セインさんは隠し部屋の一画に片膝を突いて足元に手を置いていた。
堆積している砂利を払っているような、土壁を掘っているような。
ほんの少しの時間でセインさんは戻って来た。
……前屈みで歩いてても無様じゃないってなんなんだ。美形って恐ろしい。
土に汚れた右手には何かを握りしめているみたいだった。
「よかったね、セイン。あの、ありがとうございました」
男の子の言葉の後半はあたし向けだったらしい。愛らしい顔がにっこり笑っていた。
「どういたしまして。ああ、お兄さん、手が汚れちゃったね。水場、近くにあるけど案内しようか?」
ものはついで、と声をかけたけど、セインさんは無反応。
――いや、懐を探って何かを取り出し、あたしに向かって投げつけてきた。
じゃりん、という音はあたしが愛してやまないお金でございますね。咄嗟に受け取ったそれは小さな巾着袋、みっしり入っているのは感触からしてゼフィーア銅貨。重さでいけば五十枚…いや、五十二枚、だな。
ささやかな親切へのお礼としては、まぁ常識的?
「礼だ。用は済んだ」
うん、セインさん。これもそれもお礼じゃないよ。
あたしは巾着袋を思いっきり投げ返した。
セインさんは目を瞠り、それでも巾着袋を空いていた左手で受け取った。
「馬鹿にしないでよね!? そりゃあ裏稼業のしがない女だけどさ! お金欲しさでやったことじゃないわよ!
お兄さん、人として根本的に足りてない! 円滑円満な人間関係の第一歩!
『ごめんなさい』と『ありがとう』は忘れちゃいけない間違えちゃいけない!!
さて、今この状況で、あなたがあたしに言うべきはどっちだ?
間違えずに言えたら、これ以上絡まずに大人しく奥で寝こけてあげますけど!?」
ぜぇはぁと息をつきつつ睨んでやれば、セインさんは目を見開いて固まっていた。
改めて見るとセインさんの瞳は赤みの強い茶色だった。
その傍らで、男の子がうんうんと頷いていた。
しばらくして、ようやくセインさんが口を開いた。
「…………ごめん」
はい、却下。
そう言おうとしたけど、あたしは半開きの口のまま、固まってしまった。
「怒らせたことは、謝る。それから、ありがとう」
整い過ぎてる美麗な顔に、薄くだけど笑みが浮かんでいた。
「おかげで、人になれたかな」
破壊的な威力の微笑みのまま、セインさんは背を向けて坑道を出て行った。
固まって動けないあたしに、軽く頭を下げて男の子も去った。
月が完全に沈んだ頃、あたしの呪縛はようやく解けたのだった。