とりあえず色々やった。
そろそろだな。俺は湯船に手を入れ、丁度良い温度になったことを確認し、小さな桶を手に取り、湯を頭からぶっ掛けた。え?服はとっくに脱いでるよ?
「はぁ~。いぃね。とりあえず血を落とすか」
身体中に付いた血を洗い流すように、桶で湯を汲み、ひたすら掛けた。
「石鹸がねぇのがつれぇな」
大方血を流し終わってから、湯船に浸かる。
「んーいいねぇ~」
身体に染みてくる、暖かさを堪能しながら、神に呼びかけてみる。
つーことで神。暇か?
『暇なわけなかろう』
一瞬で返事する辺り、暇だろ。
『やかましいわ。今回はなんのようだ?』
あっちに置いてきた義妹のことなんだが、どうなってるかわからねぇか?まだ一日も経ってねぇから、わからねぇかもしれんが。
『ふむ……暫し待て』
ん。
『……先に謝っておこう。すまない』
あ?ハルに何かあったのか?
『いや、そういう訳ではないが、おぬしをブツブツと呼びながら泣いておるのだ』
はぁ?どういうことだ?
『一瞬だけ、音声を流すから聞いておれ』
わかった。
『おにぃ……おにぃ……なんで約束破ったの?……一緒にお買い物言ってくれたのに……ひっぐ、なんで、いないの?……おにぃ、おにぃ……』
そういや今日どっか行くって約束したな。忘れてたわ。
『おぬし、かなり最低だの』
よく言われる。そうか、楽しみにしていたのか……。いつも顔を合わせると毒を吐かれるから、あんまり好かれてるとは思ってなかったんだが。
『もう転移したからには戻ることはできんぞ?』
別に戻る気はない。熱くなってきたからそろそろ出るわ。じゃな。
『ふん』
風呂を出て、あることに気付いた。
「タオルも替えの服もねぇじゃん……!」
仕方が無いので、しばらくまた湯船に浸かり、三十分程して、風呂前にやってきたエルに散々謝られ、出ることができた。
「風呂も入って、装いも変えれたことだし、行くか!」
今の装備は曰く付きっぽい魔剣と村人宜しく薄茶色の貫頭衣!思ってたよりは着心地は悪くない。だが、エルとのこの服装の差はなんだ。巫女だからか。巫女は生地の良いワンピースを着れるのか!
「あ、うん」
「つか、それ何?」
そんなことよりも、俺はエルの腰にある小さな刀が気になった。というかあるんだ?刀。
「これね、私の護身用の刀よ。魔力とか増幅させてくれるの」
「ふーん。とりあえずどこでやるんだ?」
「ついて来て」
「ん。おう」
歩くこと約十分。
「む、村から出るのか?」
「うん」
そして更に歩くこと約十五分。
「ここは……」
大仰しい遺跡のようなところ。ようなはいらんか。遺跡だ。んで、遺跡の入り口には大きな像があり、道を塞ぐようにして槍を交差させている。
「邪神の神殿よ。ここならある程度暴れても大丈夫だよ。神殿の中の祠を壊さない限りは」
「……なぁ」
「何?」
「入り口見てみ?」
「え?」
何か黒い煙のような物が出ているのだ。身体に良い物とは思えない。
「なん、で瘴気が……!」
あれが瘴気か。つか、なんかいるな?
「気ぃ付けろエル。近くになんかいる……強いぞ」
「村の皆に伝えないと……」
「エル?」
震えてんな。つかこの子いつも震えてんな。異世界人だからって荒事には慣れてないか。小さいし。
「魔力が弱まったから、封印がゆるくなっちゃったんだ……ジン、どうしよう」
「落ち着け」
出来るだけ、声を低く、鋭い声を出して、エルを落ち着かせる。
「俺がお前を護ってやるから。ちと待ってなハル」
「え?」
「あ、ちげぇ。すまんエル」
とりあえずだ。
「出るなら出て来いよ!」
俺がそう怒鳴ると森の方から一匹の大きな狼が出てきた。黒い毛並みに、赤黒い目。それだけなら良いが、大きな二本の角を生やしている。
「あ、あ……角狼がなんでこんなとこに……」
「瘴気を吸って進化したんだろうな」
あの狼はあの時の犬だ。あの目に僅かに残る悲しみの色。殆どは俺に対しての怒りと狂気に塗り潰されているが。
「グルルル……」
「エル、離れてろ。コイツは俺に用があるみたいだからな」
「ジン、角狼は強過ぎるよ!Bランクの冒険者でやっと倒せる魔物なんだよ!逃げないと!」
怯えながらも、俺の腕を掴み逃げようとするエル。だが間違ってるよ。
「エル。ここで俺が足止めをしなきゃ、村の人間を逃がせない。わかるな?」
「な、ジン、囮をするつもりじゃ」
「知るか。俺はコイツにケジメをつけてやるだけだ」
「駄目だよ、死んじゃうよ!」
「早く、行けッッッ!」
「うっ」
俺が怒鳴り、ビクンと身体を震わせるエル。
「ここで俺とお前が死ねば、村の人間は全滅する。それに邪神の腕の封印まで解ける」
「うぅ……」
「そうならないように、逃げろ。いいな?」
「はい……」
俺に怒鳴られ、諭されたことでシュンとするエル。……ちょっと可愛いとか不謹慎なことは断じて思っていない。
「よし、行け!」
「死なないで!」
俺はそれに言葉でなく、手を振ることで応える。
「さてと……」
目の前でエルを逃げることを待ってくれていた角狼を見据える。
「エルも逃げた訳だし、始めようじゃねぇか。犬っころ!!」
「ガルァッッッ!!」
俺と角狼は同時に地を蹴り、跳んだ。
「グルァッ!」
角狼は長く伸びた角を突き刺すように俺に近付いた。
「っらぁ!」
俺はその内の右の角を掴み、角狼を投げ飛ばした。
「ガルッ」
角狼は宙で態勢を直して綺麗に着地。
「大分動き良くなってんじゃねぇか犬っころ!」
「グルルル……」
「次は何するよ!」
「グルァアアアアッッッ!!」
「ぬぐっ」
空気が震える程の咆哮。さすがに耳は鍛えらんねぇよ。あったまいてぇ……!
「ガァアアアアア!」
角狼は頭を大きく振りかぶり、角から黒いレーザーを撃ってきた。
「心眼!」
心眼を発動したことにより周囲の速度は遅くなった。が、レーザーの速度は俺の予想を遥かに超えた速度で迫り、心眼を持ってしても反応が遅れて左腕を掠めた。
「いっ……!」
この世界で初めて経験する怪我。掠めただけなのに、腕の肉を焼き焦がしていったのだ。
「マジかよッ」
痛みにより心眼も解けてしまった。前を見ると、もう一度レーザーを撃ち出そうと頭を振りかぶる角狼がいた。
「クッソ……心が––––」
言い切る前に、次のレーザーが脚の腱を焼き貫いた。
「ぐ、ぁああああああ!!」
最早痛みという生半可な表現じゃ表せられない程の痛みが脚を襲い、転げ回る。あまりの痛みに、視界がチカチカする、いてぇ、いてぇいてぇいてぇ!!!!
「ぐっぐぅ……」
負けて、たまるかよ。せっかく助けたのに、やられちまったら、悲しいじゃねぇかよ!!
「ラ・キュア!」
唱えると同時に光が俺を包み、怪我を消し去っていく。
「はぁ、はぁ、はぁ」
一発で治せるのは流石だ。正にチートの権化だな。いってえけど。治ったけどすげぇ痛え。
「グルル」
仕方ねぇな。こんな奴に使う技じゃねぇんだろうが。
俺は魔剣を支えにして、立ち上がる。
「待ってんのは、仇になると思うぜ、犬っころ!!––––––––栄光之剣!」
両手に凄まじい光が収束していき、次第にその光が剣の形を成していく。
「これが、栄光之剣」
両の手に収まる二本の剣を合わせると一本の剣になった。
鑑定、してみっか。
栄光之剣
かつて勇者が使用していた剣。魔法を唱えることでその姿を表し、聖者の力を持って魔の者をうち滅ぼす。と言われている。
おぉう。魔法はコイツを形成するためにあんのか。
「いくぜ犬っころ」
「ガルッ!」
心眼ッ!
角狼が黒い炎を角に纏い、突進してくる。俺は栄光之剣で正面から受け止め力づくで片方の角を斬り飛ばし、バックステップで距離をとる。
「すっげぇな、この斬れ味」
驚いているのは俺だけじゃないようで、角狼も驚いて無くなった角の所在を確認している。
「よし。これなら余裕で殺れる!」
「グルッグルッグラァアアアアア!」
角狼の怒りの咆哮を栄光之剣で斬り消した。つか、斬れるもんなのかこれ!?
まぁいい。行くぜ!……?なんだ?なんか頭に……。シャイニングスラッシュ?なんだこのオタクくせぇ技名は。
とか考えている内に角狼がより大きく頭を振りかぶっていた。
「やっべ」
黒いレーザーが目の前に迫る。
「シャイニングスラッシュッ!」
栄光之剣に更に強い光が集まり、黒いレーザーを弾いた。
「うをぉおおおおお!!弾いたぁあああああ!!」
技名は中二だが威力は十分だ。
「っしゃあ!このまま決めるぜ!」
俺のテンション最高潮!
「シャイニングストライクッ!」
もう一度光が収束し、俺はそれを突き放った。
光のレーザーが一瞬にして角狼の眉間を貫いた。
「呆気ねえな」
ホーンウルフはその場に伏した。
「ジン!」
「エルか……ってエル!?」
「お父さん達連れてきたんだけ、ど」
「おう。倒したよ」
「なんと……」
「ガインの旦那、あれただの角狼じゃねぇ。黒角狼だ」
「あの、A級のか!」
「なんの話かわからんが、俺は最強だから勝つに決まってん……」
何故か目の前が真っ暗になった。
読んでくれてありがとうございます