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ある皇后の一生  作者: 雪花菜
五章 帰還
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18

 周文林は苛立たしげに自身の頭に手を伸ばし、髪をかき回した。それを見た関小玉は、こいつって将来ハゲたら、どんな感じになるんだろうと、今心配する必要のないことを思った。

「お前、あの手紙は一体なんだ?」

「ん?」

「あの味も素っ気もない手紙だよ!」

 以下、関小玉が周文林に送った手紙の内容である。


 1通目。

「前略 元気? なんかね、最近元許婚に迫られて嫌 。 かしこ」


 2通目

「前略 楊清喜が元恋人の弟だった。 かしこ」


 3通目

「前略 復帰したら宿舎をでたい。家族で住める家を手配してほしい。かしこ」


 ……いっそ、「前略」と「かしこ」がいらないのではないかと思うくらいに、無駄なものも必要なものも削ぎ落とした手紙である。そして、あらぬ方面に想像を広げさせるという面で、嫌な方向の情操が発達しそうな書簡集だった。周文林たちが何を考えてわざわざ迎えに来たのかなど、想像に難くない。


「閣下……何を書いてもいいとは申しましたが、もう少し何かを書いてもいいと思います……」

 初めて関小玉の手紙を見た楊清喜は呆然としている。いろいろと想定外だったのであろう。

 周文林は関小玉に噛み付いた。


「大体お前、左遷されていた時に俺によこした手紙、こんなんじゃなかっただろ!」

「だって、それは仕事だからでしょ。私信はもっと簡潔にすべきじゃない」

「は?」

 もう何度も出てきた情報なので、今更すぎることだが、関小玉は貧しい家に生まれた。だから、色々なものを節約して生きていた。

 それは紙も例外ではない。したがって、関小玉が実家からもらった手紙は全て用件のみの簡潔なものであるし、関小玉からの返信も同様であった。

 しかし、長じて関小玉は文字を覚えた。その際、様々な表現で文を装飾することを知ったが、彼女はそれを職務に関わる際の儀礼の一つでしかないと思い込んでいた。

 だから、左遷時に部下に送った手紙は文字表現で飾っても、位を返上し私人として送った手紙は紙の節約しか考えていなかったわけだ。


 まあ、誰が悪いのかというと、彼女に文字を教えた周文林が悪い。しかし、彼は彼の常識の中で生きていただけなので、彼が全面的に悪いわけでもない。


 だから、

「そうか……」

 すごく遠い目になり、怒りの矛先をおさめる周文林を色々な人間が憐れんでやってもいいだろう。

 しかし、

「『文林』の名折れだねえ」

 文林とは詩文集や文壇のことをさす言葉だ。また、その名に恥じず、彼は名筆家として軍内ではちょっと知られた存在になっていた。確かにそういう人間がこういう教育の失敗をしたことは名折れかもしれない。

 張明慧の追い打ちに、周文林は少しうなだれた。

 関小玉は何となく申し訳なくなった。

「なんか……ごめんね」

「いや、いい……俺も悪かった。それこそ、手紙で確認すればいいだけの話だったんだ」

「まあ、そうね」

「特に誰かと結婚するわけじゃないのか?」

 先ほどの愁嘆場と呼ぶのもお粗末な展開を見ての発言だろう。

「うん、そうだけど」

「……そうか」

 結婚ねえ、と関小玉は思った。なんかもう、その言葉に対する夢も希望もなくなったし、無理に結婚する理由もない。関家の祭祀権は甥に相続されているし、残りの人生は彼の養育と仕事に専念すればいいのではないか。


 あえて結婚するとしたら……。関小玉はちらりと周文林を見た。


 こいつみたいなやつがいい。というか、こいつがいいと思った。でもそれは、彼が好きだからといえば少し違う。

 ずっと軍にいようと思った。自分という存在があの場に必要なくなったとしても、自分という存在があの場に有害なものにならない限り。

 その時まで、隣にいるのがこいつであるならばいいと思った。そのために結婚という形式が必要ならば、きっと自分はためらわない。


 まあ、今のところの話だ。


 関小玉はうーんと伸びをして、あくびを一つした。

 そんな気持ちはいつか変わるかもしれない。もしかしたら、誰かと熱烈な恋をするかもしれない。

 ただ、軍に居続けようという決意は絶対に変わらないだろうという確信があった。

 それはもはや、自分の人生の根幹だ。今後どのように枝葉を伸ばすにしろ、その部分は変わらない。

「軍に、帰ってくるんだろ?」

「んー……」

 周文林の問いに関小玉は少し首をかしげた。確かに軍に戻る訳だが……。

「どうした」

「なんというか……」


 帰還というより、帰着というほうが正しい気がする。

 行き着くべきところに自分は行き着いたのだ。

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