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まあ、あれこれ考えても仕方がない。
「これしかないよねー」
「ねー」
関小玉のつぶやきに、同じ角度で首を傾げて、甥が相槌をうった。
正面突破である。
先陣をきったのは楊清喜だった。悠々と戸口から出て、つないでいた二頭の馬を引く。
これまた悠然と関小玉以下家族が荷物を馬にくくりつける。一頭の馬に義姉と甥を乗せて、楊清喜が轡を取る。
最後に関小玉がひらりともう一頭の馬にまたがって終了。
「待て待て待て待て!」
この間ぽかんと見守っていた村人がようやく我にかえり、声を上げる。「誰か村長呼んでこい!」「おう!」などというやりとりも聞こえる。村長見張り任せて帰ってんのかよ、いいご身分だな。確かにこの村ではいいご身分だけど。
「お前らどこに行くつもりだ!」
「職場」
要するに帝都である。
「そんな勝手許されると……」
ここで、唐突に楊清喜がぶち切れた。
「無礼な!」
「なっ……!」
その勢いに村人たちが圧倒される。たった今来た村長(超近所)も、状況をわかっていないくせに気圧されている。
「この方は、本来ならばお前たちなど手の届かないほどのお方だぞ。宮中での位階は上から数えた方が早い」
事実です。ただし、同階級の者自体たくさんいます。
「さらに天子さまに直接お目通りがかなうほどの方だ」
事実です。でも、会ったことありません。
「この村に徴兵に来る木っ端士官など顎でこきつかえるのだぞ」
事実です。というか、関小玉を連れて行ったおっさんは、現在部下です。頑張っているので木っ端とか言わないでほしい。
……という突っ込みは全て心の中でのみつぶやき、関小玉はきりっとあさっての方向を見つめる。なぜなら、これら一連の流れ、全て演出だからである。
普通に出ていっても、絶対止められるだろうから、圧倒させてうやむやのうちに出て行こうと。
そうでなければ関小玉は、楊清喜だけを歩かせて馬に乗るはずがない。というか、馬の負担は最低限ですませたいので、村を出たらすぐ関小玉は馬から降りる予定だった。行軍には慣れているし。
しかしまあ、と思う。
さっきから楊清喜が言っていることが、はったりでもなんでもなく事実というのがすごい。自分、随分遠くまで来たもんだなーと関小玉はしみじみと思った。あ、あそこの木のアケビ熟してる。
どうする?
行かせちゃう?
そうだね、なんか引き止めたらまずそう。
村人たちがそんな感じでさざめきあう。権威に弱いが、それが正しい処世というもの。君たちは悪くない。
どうやら、関小玉たちの思惑通りになりそうな雰囲気の中、それをぶち壊すようなある人間が乱入した。
「そ、そんなの関係あるかあああ!」
空気読め。
その場にいる誰もに同じことを思わせたのは誰あろう、他の誰でもない。元許婚である。
間髪いれず楊清喜がつぶやいた。
「構いません、馬にけとばさせましょう」
「いやそれはいくらなんでも」
実行したら死ぬし、そしたらこいつではなく遺児が気の毒だ。
そんなやりとりをしている間に、元許嫁は関小玉の乗っている馬の足にしがみついた。おい、農作業従事者。馬、牛の蹄は危ないってわかってるはずだろ。
えー……。
先に進みたい関小玉たちと、元許婚に協力している建前上止めようとしなければならない村人たちが硬直したわずな間のことだった。
「村長!」
村の外れから一人の若者が駆けてきた。
「あの、他所から客が来ました!」
「この時に!?」
今度全員が思ったことは、同時に声に出た。
ビクッとなった若者に罪はないとしても、あまりにも間が悪かった。