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ある皇后の一生  作者: 雪花菜
五章 帰還
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15

 賭けてもいい、母は激怒する。娘の婚約破棄、危険職への就職、長い間帰ってこなかったこと等々に一番胸を痛めていたのは母だ。


 ……というか、ここまで列挙すると、むしろ関小玉自身がとんだ親不孝者である。いやほんと、自分不義理でしたとあの世の母にもう一度といわず幾度でも謝罪したい。

 ともあれ、関小玉がそのような事態に陥る原因になった元許婚に対して母の怒りは強かった。相手に何か危害を与える類のことはしなかったが、あの気風きっぷのいい母が、姑にも寛容だった母が、である。

 それが、こんな騙し討ちのような形で元許婚と結婚するということになったら、怒りのあまり墓穴から飛び出して来かねない。それはそれで、母が生き返ってくれるなら、結婚してもいいが。


 大体このジジイ、同情する部分が違いすぎるだろうと思う。あの日、一方的に婚約破棄されたあげく、普通の結婚ができなくなった身に対して、村人は冷淡だった。

 確かに、この村の出身者である自分もその感覚には納得していた。だが、今元許婚に対する態度と併せて思うと、いくらなんでもそれはないだろうと思うのだ。なぜ自分に対してはああで、元許婚に対してはこうなのか。

 思い当たるのは、性別。たかが性別。


「おま、おまおま……」

 襟首を掴まれたままの村長がうごうごと蠢く。老人とはいえ、彼とて農作業で鍛えている男だ。真っ向からぶつかり合えば、間違いなく彼の方が力は強いが、ぶつかりあうだけが強さではない。関小玉は相手が離れようともがく力を適度に受け流して、襟首を掴んだまま、じっと彼を見つめた。

「村長になんて失礼な!」

 呆然としていたはずの周囲の中から声が飛ぶ。誰か我に返ったらしい。

 片腹痛い。

 何か言い返してやろうと口を開く関小玉より早く、横から声が響いた。

「もういいわ、小玉」

 義姉は泣いていた。それは悲しみによるものではない。怒りだ。

「あんたが、こんな風にないがしろにされて……義母さんの喪もまだあけてないのよ。確かにもうすぐ終わるけど……こんな男のつまんない感傷の方が優先される村なんて……」


 今、捨ててしまおう。


 最後の言葉には恐ろしく重みがあった。義姉は関一家がこの村でさまざまな目にあってきたのを目の当たりにしていた人間だ。捨てられた義妹に冷淡だったこの村、足の悪い夫を兵役に出そうとしたこの村、その代わりに出ていこうとした義妹になんの思いやりもなく、それどこらか当事者がいないからと好き勝手言っていたこの村。

 生まれ育った村に対する愛着、無意識に縛り付けていた因習、それらはもはや彼女の中から消えて久しかった。

 一家は揃って頷いた。関小玉は村長を突き飛ばすと、踵を返して家の中に入る。

「待て!」

 誰かが叫んだが、無視。全員入ったところで、くわをつっかえ棒代わりに戸にかけ、いらない荷物を積み上げる。


 いらない荷物……こんな貧しい農家で、いらないものがあることなど滅多にない。それがあるということは、今が滅多にない時だからだ。もともと、母の喪があけたら彼女たちはこの村を出ていくつもりで荷造りを進めていた。

 もう少ししたら近所にいわなくちゃねなどと言いあっていたのだが……まあいい、手間が省けた。


 予定が少し前倒しになった。それだけのことだ。


 外からなにやら怒声とか物音が響くが、皆示し合わせたかのようにそれに反応しない。義姉と甥は黙々と持っていく荷物をまとめる。関小玉はその間、楊清喜と旅程の打ち合わせをする。

 持っていくものは最低限。


 家財の全てを持っていくことはできないし、そのつもりもない。あとで人をやって取りにいかせれば問題ない。

 なんてったって金がある。関小玉はもちろん、義姉もそれまで関小玉からもらっていた仕送りをほとんど溜め込んでいたので、旅費は潤沢だった。足りないものがあれば、その都度買い足してもお釣りができるくらいだ。


 だから準備はほどなくしてできた。耳に綿を詰め込んで音を遮断し、仮眠もとった。

 もう出立するばかり。さて、どうやって出よう。



 外にはまだ村人がたむろしている。みんな暇人か。

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