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ある皇后の一生  作者: 雪花菜
五章 帰還
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14

 その夜、関小玉は周文林に手紙を書いた。

「楊清喜が元恋人の弟だった」

 手紙のあらましなどではなく、ほぼ全文である。これを受け取った周文林がどう思うかを関小玉が考えているかどうかなど、もはやいまさらのことである。



 そして、一晩考えて、関小玉はある結論に行き着いた。

「義姉さん、丙、話があります」

 幾晩も話を重ねて、やがて一家が一つの意見にまとまった頃、その事件は起きた。

 もうすぐ、関小玉の母の服喪が開けるという時期だった。

 どやどやと家の前に何人もの人間が集まった物音で、一家は起きた。なんだか楊清喜もいつの間にか一家のくくりに入っているが、そんなことを当事者たちは気にしていない。


 関小玉が外に出ると、目の前には老人がいた。

「おはよう……早いですね、村長」

 田舎で「早い」といったら、それはもうとてつもなく早い。まだ辺りが暗い。みんな松明とか持っているくらいだ。もはやそれは朝と言っていいのか。

「むしろお前ら、なんで寝とるんだ」

「は?」

 怪訝に思い、後ろにいる義姉を見る。「今日なんかあったっけ?」という関小玉の疑問を目線だけで受け取った彼女は、「ううん、なんもないはず」という答えをこれまた目線だけで送り返す。え、本当に何?

「お祭りですか?」

 村長の着ている服がやたら豪華なのに目をとめて、とっさに思いついた答えを言えば、村長は呆れたように言った。

「結婚式だろうが!」

 ゆっくりともう一度後ろを見た。多分今の関小玉と同じ表情をしている義姉がいる。すなわち「誰のだっけ?」という疑問をあらわにした顔。その後ろには、灯明に火を灯す楊清喜がいる。気が利く奴だ。

「おめでとうございます。えーと、どこに手伝いにいけばいいですか?」

 村で誰かが結婚するといったら、それはもう村全体の行事だ。特に女衆は料理作りで駆り出される。村長との応対を関小玉に任せて、楊清喜と義姉が後ろで調理道具をまとめている物音がしはじめた。何も言われずに動きはじめる……いい人材の基本である。

「お前……何もわかってないのか……いやまさか」

「あ、はい、家族単位でなんもわかってないですよ。誰の結婚ですか」


「お前のだろう」

 時が凍りついた。


 ガシャンという音が妙に遠くから響いた。多分、義姉たちが食器類を落としたのだろう。大丈夫、割れない。うちは、割れるような高価な食器は使っていない。素晴らしきかな、貧乏。

 つらつらと現実から逃避気味なことを考えつつも、かろうじて残っていた現実主義が呟かせる。


「……誰と」

「そりゃお前……」


 その名前を聞いた瞬間、関小玉は家に駆け込んだ。まるで捧げ持つかのように、関小玉の剣を持った楊清喜からひったくるように受け取り、外に飛び出た。

 抜刀はしていないものの、物騒なもの片手にとんでもない形相で飛び出してきた女を見て、家を取り囲む者どもがどよめく。

「前に出てこい」

 抑えた声で元許婚を読んだ。竹を割るように人の群れが割れ、奥から元許婚がおずおずと出てきた。婚礼衣装を着ているのを見て、軽く頭に血が上る。ひっぺがして、男色家の前に放り出してやりたい。

 最近、この男の訪れはなかった。家族ぐるみの求婚を散々断って、「もういいかげんあきらめたんだねー」「彼も次を見据えて生きなきゃ」などと、この一家の明るい未来を他人事として祈念していたところだった。

 まさかこんなことをやらかすなど、だれだって思いつくはずがない。


「なんなのこの状況」

「だって……お前、もう、こうでもしなきゃ、俺と結婚なんか……」

「あほか」

 お前、結婚が最終目的だとでもいうのか。こんな形で結婚しても、その後の生活がうまくいくとでも思ってんのかコラ。悲惨な未来しか見えんだろ。


「それでも!」

 つらつらと述べる関小玉の言葉を、元許婚は遮った。

「俺はお前のことがずっと好きで、前の結婚の時からずっと後悔してた。そのうちお前がいなくなって……危険な仕事してるって聞いて、ずっと心配だった。もう、そんな思いは嫌なんだ !」

 びっくりするほど心に響かない。

 関小玉の横で、くわを構える義姉と、麺棒を両手に握る甥は平面的とすらいえる表情である。その気持ち、わかる。本当に白ける。


 ……が、身内以外は感動したらしかった。


 男どもを中心に、うんうんとなにやら頷いている。特に村長はなんだか涙ぐみながらこういった。

「お前は果報者だな、あそこまで想われて」

「……」

 叩っ斬るとしたら、こいつを先にすべきだろうかという考えが頭をよぎった。

 そんな彼女の前にもう一人の男。元許婚の幼馴染である。というか、関小玉にとっても幼馴染である。

「お前がいなくなってから、ずっとこいつ、後悔していたんだ。もしやりなおせるなら、今度は絶対間違えないって。だから俺ら、ずっとこいつのこと応援してたんだ」

 やっぱ、こいつから斬るか。

「そういうことだからな、まだ服喪中だが、いいんじゃないか。お前の母親も喜ぶだろう。それが一番の供養だろ……ぐおっ」

 いや、やはり村長、君に決めた。

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