12
昼間に起こったことで、胸に疑問がこびりついて現在にいたる。まさか、そんなと思いつつも、問わずにはいられなかった。
「閣下はあの男と結婚なさるおつもりになったのですか?」
「全然」
一拍。
「えっ?」
「うん?」
「今日、悩んだそぶりをお見せになったのは……」
「あいつ殴るのはいつが一番いいかと思って」
率直な楊清喜と、率直を通り越して身も蓋もない関小玉の会話が、迂遠だったりすれ違うわけもない。質疑応答はあっという間に終わった。
もらった答えに、なんだか泣きそうになった。
「そうか……そうですか」
「どうしたの一体」
おそらく関小玉の問いは、「どうしてそのようなことを聞いたのか」より、「どうしてそんな態度なのか」ということの方が比重が大きい。
大雑把なように見えて、人のことをよく見ている人だ。いまの楊清喜の態度が、常の彼ならばありえないことくらいわかりきっているだろう。
そう、そういう人だから、あの人は……彼は。
「閣下は……楊去塵という男を覚えておいででしょうか」
聞くのは今しかないと思った。多分、ここで聞かなければ、一生聞けないだろうと思った。
聞くためにここに来たのだと思った。
関小玉が無言で目を見張った。記憶をたぐりよせている感じではない。ならば、すぐに思い出したのであろう。それくらい鮮やかな記憶であるならば、仮にそれが負のものであったとしても、彼はきっと満足だろう。
「随分懐かしい名前……兄弟? そうでなくても親戚?」
「僕は弟です」
「言われてみれば似ている気もするのは不思議なもんね」
「そうですね」
あまり似ていないと言われていた兄弟だった。年が離れていたせいもあるのだろうか。
だから、関小玉がこれまで自分の係累を予想できなかったのは無理のない話だった。同じ名字の人間など、そこかしこに溢れているし、そもそもこの村だって、「関」と「陳」という名字の人間しかいない。同姓とは結婚できないきまりなので、他所から結婚相手を見つけないかぎり、この村の夫婦は全員「関」と「陳」の組み合わせになる。
田舎には珍しくない話だが、おそろしく血縁関係の濃い村だ。顔だちもみなよく似ている。おそらく能力もにたりよったりだろう。
だがそんな中で、この人は異色を通り越して、出色だ。
楊清喜は目の前にいる人を見てそんなことを思った。そして、兄を思った。彼もまた一族の中では異色ともいえる存在だった。そこが似ていたのかもしれない。
「彼は今?」
関小玉が言葉少なに問う。
「先年、戦死しました」
「どの折?」
「創安の……」
「けっこう前ね。誰の部隊?」
ためらい、それでも口にした。
「閣下のです」
「そう……」
関小玉がゆっくりと目を閉じた。わずかな光に照らし出された顔は一瞬で疲れきったように見えた。
この人にこんな顔をさせるために兄は死んだわけではない。
別に恨んではいない。自分も、そして確実に兄も。
その事実を踏まえて、聞きたいことがあるのだ。
それらを伝えなくてはならないと思ったが、声をかけるのをためらう疲労の空気に、楊清喜も黙って立ちつくす。記憶の片隅で兄の声が響いたような気がした。
「あいつ、いい女だった……本当にいい女だった」
幸せだったのだ、兄は。