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ある皇后の一生  作者: 雪花菜
五章 帰還
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8

 さて、関小玉の言動からわかるとおり、焼けぼっくいに火が付くことはありえない。しかし、関小玉に元許婚に対する情はあるかと聞かれると、ほんの少しあると言っていい。だがそれは、愛などというものではなく、好意ですらなかった。感傷も懐旧も一切入る余地はない。

 今や、関小玉の過去において、その念をもって思い出す故郷での記憶は、家族に対するものでしかない。そして、その家族は義姉しか残っていない。


 では、元許婚に対する情は何か。強いていえば、義務感に近い。


 自分は元許婚を求めていない。そして、元許婚が求めているのは「自分」ではない。

 彼の中にいる関小玉は屈託のない少女だ。けらけら笑いながら野原をかけ、鳳仙花ほうせんかの汁で爪をそめてはにかむような。だが、そんな娘はもういない。仮に一時そのような自分に戻ることがあったとしても、彼の前では絶対に戻れない自分を、関小玉は知っていた。

 だが、同時に今の自分がその「関小玉」の後身であるのも事実だった。ならば「彼女」の責任は「自分」が取るべきだった。

 

「彼女」が元許婚にその存在を焼き付けたのなら、「自分」はそれを焼き尽くさなくてはならない。

 ただ、それをどうやればいいのかが問題なのだ。


 一発ブン殴る? 多分それで解決するだろうし、個人的にはいろいろな思惑からそうしたいのだが、そうするにはご近所づきあいというものが立ちふさがる。村六分が村八分になられるのは本当に困る。義姉と甥の手前。

 そういった点で、この男はちょっと厄介だった。

 だが、この男を前にすると、他のことで悩む。というより、もともとあった悩みが顕在化するといった方が正しい。その悩みの方が深刻ではあった。


 元許婚という存在は、関小玉にとって過去の象徴だった。その存在を自分は求めていない。ならば、未来において自分が求めているのは何なのか。


 こんなことをこの年になって悩むなんて、と自嘲する。自分と同年代の女は、この村では大きな子供がいる主婦で、娘がいるならば、そろそろ娘の結婚で頭を悩ませる頃なのに。

 自分が、とてつもなく停滞している気がした。もどかしかった。



「……あー、小玉」

「ってあんた、まだ帰ってなかったの!?」

 暇人だな!

 相手を打ちのめそうという意志ではなく、素で発した叫び声だったが、却ってそっちの方が心に痛手を負ったらしい。すごすごと帰っていった。



 それと入れ替わりのように甥がやってきた。

「おばちゃん、帰っておいでって、かあちゃんが」

「何? わざわざ迎えになんて」

「なんかねー、都から誰か来た」


 それって……。


 なんだか、既視感がした。

「え、それってやたらと目立つ男だったりしない? 」

「? 目立つって、どんな感じで?」

「なんか、ずっと見てると……そうね、妙にいかがわしい感じで」

 関小玉が、今頭に思い浮かべている人物のことを、普段どう思っているのかが如実にわかる言葉である。


 だが、

「ううんー」

 首を横に振る甥に、ほっとし……かけたところで、いややはり安堵はできぬと気を引き締める。

 付き合いはじめて、この甥の感覚が若干ずれているのを初めて知った。実は……ということもありうる。まずは帰ろう。

 甥と手をつなぎながら家路を急ぎつつ、関小玉はふと思った。しかしどうしてこの子、こういう性格なんだろう。

 それが叔母似であることを、叔母本人だけが知らないというのは、いわゆるお約束というやつであろう。

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