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ある皇后の一生  作者: 雪花菜
五章 帰還
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2

 もっとも、国の終わり云々以前の問題として、とりあえず、目前に迫った出征を乗り越えないといけない。関小玉はすぐにその思考を捨て、戦場に赴いた。国境付近の小競り合いがやや悪化したものという程度だったので……それを「程度」と呼べてしまうあたりが、この時代の世相を反映しているようだが……あっさりと片付いた。


 可がややあって不可がなし、という感じだった。


 とはいえ、とりたてて軍功があったわけではなかった。1年間の空白は、確かに関小玉の体をなまらせていた。

 ……そんな彼女にあっさりやられた前任地の元自警団連中はいい面の皮である。


 土木工事のための筋肉なら相当ついたのだが、あいにくそれは戦いには向かないものだったらしい。同じ筋肉なのに! ともあれ、失ったものは短期間で完全にとりもどせるものではなかった。



 だが、自分でも驚くほど兵を動かしやすかった。1年間、戦から離れて思考が整理されたのだろうか、妙に冷静で(いつもそうだろとは周文林の言)、まるで……なんといえばいいのか、鳥のように上空から戦の大局を眺めているような感じだった。他の者から見ても、関小玉の用兵は水際立っていたらしく、

「1年間休んで良かったな」

 そんなことを各方面から言われて、関小玉は曖昧な笑みを返した。関小玉の部下たちも、今回はそれぞれ兵を率いて独自に動いていたが、無難に事を終わらせた。こちらも特に手柄を上げはしなかったが、初めて指揮官であることを前提に動いてこの結果だ。指揮官の損耗率が上がっている昨今の事情を鑑みると、まずまず満足できる終わり方といえよう。

 関小玉にしても、彼らがどういう傾向の用兵をするのかが見ることができ、それも含めて嬉しかった。そして、皆、おおむね性格通りだったため、いっそ感心した。


 張明慧は気配りができているが、変動が激しい状況では雑になる。そしてそのまま、脳筋方面に直行するきらいがある。


 黄復卿はどんな場面でもそつなくこなすが、時々奇抜な動きをさせるので、兵士が少し戸惑っている。


 簫自実はそれなりに経験もあるので、一番安定感がある。そして、死を回避することに一番真摯しんしな点が良い方に向かい、外連味けれんみのない用兵をする。

 問題があるとすれば、戦闘中も無駄に爽やかな点である。なんかいらっとするから。

 

 そして最後の一人。

 文林は、指揮官に向いていないと思う。


「えっ」

 ぼそっと呟いた言葉に、近くで物品の在庫の一覧を確認していた王蘭英ががばっと顔を上げた。

 王蘭英は関小玉や張明慧と同じ女性士官だが、補給とか補助とか……とにかく「補」のつく作業に特化した能力の人間だ。いつも補佐に回っている周文林が今回それどころではないため、その代わりに関小玉につけられた。つきあいも長い。なんてったって、関小玉の初陣の時に、厨房でともに戦った戦友だ。

 ただ、この人は本当に戦闘に向いていない。かなりの地位になっているにも関わらず、彼女に兵を率いさせようという声が一切上がらないのは、そんなことをして確実に死なれるよりも、後方支援をさせた方がはるかに良いと誰もがわかっているからだ。


「わたしは……けっこういい動きをしていたように思うのだけれど……」

 本人もそれを知っているため、結構自信なさげに言っているのだろう。だが、周文林の用兵は、表面上はある程度の力量の者でも「すごく良い」というほどのものだ。だから、王蘭英の見る目はこの際あまり関係ない。

「うーん、ぱっと見結構良い感じなんだけど……なんていうのかな、綺麗すぎる」

「それはいいことじゃないの?」

「いいことなんだけど、お手本通り過ぎるってことなの。応用がきいてない……あいつ自身は、そんな奴じゃないのよ。だからつまり、兵を御し切れてないってことだと思う」


 周文林は、軍に入った当初はともかく、性格の悪さに磨きがかかるのと正比例して、見事な世渡り上手になっている。そんな内面と彼の用兵にはあまりに差異があった。それは状況によっては良い傾向ともなるだろうが、関小玉はこの状況をよろしくないものとみなした。

 周文林は大多数の兵を率いた場合、ある程度までは無難にやるだろうが、ある程度を超えた瞬間瓦解しかねない。


 そしてそれが見えにくい……早めにわかって良かったと、関小玉は軽く息を吐いた。

「ふぅん、そういうものなのね……」

「あいつ、本質は蘭英さんと同じ感じなんだと思う。後方支援系の」

「あら、いい後輩ができたわ。私と同じ分野が得意で、私が苦手な分野もある程度こなせるんだものねえ」

「……そういう考えもありか!」

 おっとりと呟く王蘭英の考えに、関小玉は妙に感心した。

 それもそうだ。というより、確かにそっちの方が常の自分の考えとぴったり合っていたはずだ。なのに、なぜ消極的な方に思考を巡らせたのだろう。

 関小玉は首をかしげた。

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