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ある皇后の一生  作者: 雪花菜
五章 帰還
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 特に大歓迎されたというわけではなく、久しぶりに会った者への相応の態度でおかえりと告げられた。それよりも、髪が伸びたということに対しての反応が強かった。それは少しの惜別の念を含んだ声だった。

 すぐ切るとわかっていたからだろう。


 別に、関小玉の長髪姿が惜しむ程美しかったからではない。関小玉が髪を切る、それはもう開戦と等号で結ばれていた。そしてそれは、彼ら自身も戦場に身を置くことを意味していた。

「本当は少し間をおいてから連れていきたかったんだがなあ」

 上官の王敏之の言葉に苦笑した記憶は真新しい。まったくもってその通りだった。1年間も長閑な(各人の意識によって印象は異なるだろうが)田舎に引きこもっていた身としては、いきなり出征というのは確かに厳しい。しかし、抗弁できない状況だということは、戻ってきてすぐわかった。


 知った顔が驚く程少なくなった。


 それが何を示すのか、阿呆でもわかる。戦況がだんだん悪化してきているのに、今、指揮官として兵を率いる者は、経験不足の者ばかりだ。それなりに真摯に職に向き合う者はまだ良い。親の七光りで就いている者が多数を占めているという事態に、手に冷たい汗が流れる。

 今、この国は軍事という人材の畑において、荒廃しきっている。

 ……あと、七光り連中に、正気になって帰れと言いたい。しゃれじゃなく本気で死ぬぞ。もしかして、七色に光っている親連中、本当はこいつらに死んでもらいたいのだろうか。確かに自分が親だったら、世を儚みたくなるような連中だが。


 ともあれ、髪を切った。以前は自分で適当に切ったものだったが、今回は人に切ってもらった。心境が変化したわけではなく、田舎から連れてきた従卒がやたらうるさかったからだ。

 自分に切らせなかったら、腹を切ると本気で述べた彼に、関小玉は素直に髪を切らせることを承諾したが、内心では正直、一歩引いた。彼は自分をどういう方向にもっていきたいのだろう。

 とはいえ、奇抜な髪型にならなかったので(なりようがなかったともいえる)、関小玉としては、今のところ特に追及するつもりはなかった。



 さっぱりした頭になって出勤した関小玉に、出会った者はそれぞれ声を掛ける。だが、一瞥しただけで、何も言わない者が一人。

 周文林だ。

 いざこざ……というのも正しくない気がするが、彼とはここに戻ってくる際に、ちょっとぎくしゃくして、それが現時点も続いている。理由もよくわかってる。平たく言えば、周分林がらみのことを、本人置いてけぼりで進めてしまったということだ。


 自らに置き換えて考えてみる。

 ……まあ、腹が立つわな。


 相手の気持ちは納得はできる。しかし、必要な措置だったと断言できる。

 大人になるということは、矛盾を飲み込むことなのだ。

 と、周文林ではなく、なぜか楊清喜に言った関小玉であった。そうしたら彼は「わかってますよ」とでも言いたげにゆったり微笑んで、お茶を入れてくれた。彼の方がよほど大人である。

 周文林とのぎくしゃくは当分続きそうな気がする。今、相手に働きかけるには、彼の心の整理がまだできていないと思うからだ。しかし、近いうちに……出征前に関係を修復しておきたい。


 だって、生きて帰れるかわからない。


 今のままでどちらかが死んだら、生き残った方は悔いを残すことなどわかりきっていた。あの男はあれで優しい。きっと立ち直るのに時間がかかるはずだ。

 それに、実利的なことをいえば、側近との関係が悪化したままで指揮などとりたくなかった。特に今回は別行動することも多い。連携を密にとる必要があった。

 本来兵を率いるはずのない立場である周文林を始め、関小玉たちの配下の多くが兵を率いる。それは、彼らですら今の軍内部では貴重な人材だったからだ。



 近々、この国は終わるだろう。その時、自分は生きているだろうか。

 関小玉はかさついた唇をなめた。

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