幕間〜上司と部下が〜
怒りのあまり顔が白くなる人間は要注意だ。
王敏之は、経験からそのことを知っていた。今目の前には、まさにその通りになった人間がいる。部下の副官という、割と遠い間柄の男だ。
「それで? 仮にそれが本当だとして、貴官は俺にどうしろと?」
「一つ聞きたいことがあります」
「……」
無言で、言うよう合図する。
「将軍、あなたは……あの男の思惑を知っていて、彼女の左遷を許容したのですか」
肯定したら叩き切られそうだなと思いながら、王敏之はあっさり答えた。
「そうだよ」
後ろに控えていた自分の副官が、溜息をついて、自身の剣に手をかけたのが気配でわかる。
目の前の相手は白い顔をさらに白くし、今にも抜刀しそうだ。
さすがに少し可哀想になった。
「貴官は、彼女の状態をどう思っていた?」
「どうとは?」
「彼女、限界だったんだけど」
左遷される前の彼女の仕事量は、それはもう殺人的だった。精神的な負担も大きかった。正直、遅かれ早かれつぶれるだろうと思うほどに。
どうにかしようにも、自分とは別のところから来る仕事はどうしようもない。
少し焦っていたところに、左遷の話である。一も二もなく頷いたときのことはしっかり覚えている。
隣国との関係が悪化している今日この頃、正直、彼女に抜けられるのは辛かった。実際、彼女がいない間に戦死した麾下の指揮官のうちの数名は、彼女がいればまだ存命だっただろうなと思う。だが、今彼女に潰れられるより、彼等を失った方が長い目で見るとずっと益が大きかった。
指揮官とはそういうものだ。常に引き算で物事を考える。それに嘆き、諦め、開き直った日々はもはや遠い。もはや「そういうもの」として存在する自分があるだけだ。
目の前の男の顔色に血の気が少し戻った。どうやら王敏之が言ったことは彼にもわかっていたらしい。
良かった、と思った。
彼女の副官がそれすらもわからないような者なら、首をすげ替えねばならなかった。そうしなければ、きっと彼女は伸びない。
「もう、ころあいだよ」
何の、と言わなくても相手には通じたらしい。
そう、休みは終わりだ。近ごろ、ある高官の汚職による処刑で、人事刷新の動きが出てきている。それを、この男は何故か知っているようだが。
「そのうち、貴官に迎えに行ってもらうから」
「はい」
踵を返す男にやれやれと思いながら、手元の筆に手をやる。彼女のことを心配してたびたび手紙をよこす旧友に、今度は良い知らせを返すことができるだろう。