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ある皇后の一生  作者: 雪花菜
四章 左遷
63/86

13

 さて、関小玉が帝都に帰るという話は、あまり歓迎されなかった。

 小玉を信頼して仕事をしている部下たちをはじめとして、現地のおばちゃんたちが不満の声をあげたのである。

 そして、今度は周文林への風当たりが強くなった。


「悪いね」

「いえ、そのような」


 丁寧語で答える周文林に、関小玉は笑みを深めた。もはや上司への敬いなど時の彼方に置いて久しい周文林だが、この地では関小玉への敬意を意図的に示していた。都ならばともかく、旧弊な田舎で序列を無視するような発言は、周囲からの反感を招くものだ。だから、彼の態度は当然のものだった。

 関小玉がそんな彼に微笑んだのは、下手に出るのを気持ちよく見ているからではない。そこまで性格は悪くない……つもりだ。周文林は、特に打ち合わせするわけでもなく、自主的にいまの態度をとっていた。


 この男は、いつからここまで頼もしくなったのだろうか。


「どうしました?」

「あたし、あんたに出会えて良かったって思った。今」

 周文林はぱかっと口を開いた。間抜けであるが、それでも、彼は美しい。


 だから、風当たりは強くても、一部ではひそかにもてはやされていた。彼が道を歩いていると、こっそり拝んでいるおばあちゃんとかがいる。部下たち(男)の中にもそわそわと落ち着かずに見つめている奴もいる。関小玉に対したそわそわしていたときの比ではない。

 前者はともかく、後者の連中には周文林は冷ややかである。

 元自警団の連中は、周文林と我が身と比較して、ようやく過去の自分の痛々しさを痛感したらしく、なにやら落ち込んでいる奴や、心に傷を負う奴などがいる。

 先日、彼ら直属の上司が飲みに連れていった。間接的に彼の財布に打撃があたえられたため、そいつは反周文林派である。そういう奴の方に周文林は好感を持つらしいあたり、こいつも中々難儀な男だ。今に始まったことではないが。


 ともあれ、白菜がまた増えた。あと今度は大根も追加された。周文林は、貰った野菜はすぐ関小玉に渡すので、漬物壺がどんどん増える。

 どうするんだ、これ。もうすぐ引っ越すのに。


 悩んでいる間にも漬物壺は増える。

 そして、関小玉がこの地を発つための手続きも着々と進む。




 あっという間に月日は流れ、関小玉が出発する日が来た。

「小玉ちゃん、達者で……」

「おばちゃんもね!」

 何故か女同士で愁嘆場を演じている横で、周文林は、もの言いたげな男たちの視線を無視している。意地でもこいつらに声をかけまいとしているらしい。その件については好きにすればいいと思っているので、関小玉はそんな彼をたしなめようとはしない。


「じゃあ、行こうか」

 一通り別れを惜しむと、関小玉は、周文林と楊清喜に言った。楊清喜については、本人たっての願いで、引き続き関小玉の従者として帝都でも働くことになったのだ。

 頷く二人をみて、関小玉は馬にひらりと乗った。そこで馬がヒヒンといなないて、後ろ足だけで立ち上がった後、軽やかに走り出すと見た目は美しいのだが、残念ながら両脇に漬物壺をくくりつけているので、馬はそこまで俊敏ではなかった。


 のたのた歩き出す馬にゆられながら、関小玉はたびたび後ろを振り返った。

「お前、相当あの土地が気に入ったんだな」

「うん、かなり好きだった」

 周文林はもうすっかりいつもの口調に戻っている。

「名前が似ているからか?」

「似てるつっても、ちょっとだけでしょ」

 軽口に笑いで返す。

「でもま、あたし。またここに来ることになると思うよ。なんとなく」


 この予想は見事にあたり、その後彼女はこの地にまた訪れることとなる。それは皇后となってからも続き、最終的に関小玉はこの地で自らの終焉を迎えることとなる。




 小寧は南方の都市。

 近代以降急速に開発が進み、今では大都市の一つであるが、昔は小さな街にすぎなかった。

 それでも古くから知名度は高く、この地を訪れる者が多かったのは、この地が武威皇后ゆかりの地だったからである。彼女ゆかりの地とされている場所は、信憑性の低いところがほとんどだが、この地に関しては間違いないとされている。

 小寧は武威皇后存命の頃から彼女を信奉する者が多く存在した。彼女が庶人に落とされた後はさすがにおおっぴらに抗議はしなかったものの、名誉回復がなされ、各地に武威皇后廟を作ることが命じられた折は、真っ先に、自分たちの金でそれを行ったという。

 武威皇后が武官時代に勤めたとされている兵舎は今でも補修を繰り返しながら残っており、観光客が頻繁に訪れる名所となっている。

 一説によると、庶人に落とされた武威皇后は余生をここで過ごしたのではと言われているが、さすがにそれは否定されている……。




「なあ、小玉」

「なに?」

 そんな記述が千年以上後の百科事典に載るのであるが、そんなことはこのとき誰も想像していない。

「聞きたいことがある」

 このとき、当事者である関小玉は周文林の真剣な眼差しに、不吉な想像の方をしていた。

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