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ある皇后の一生  作者: 雪花菜
四章 左遷
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12

 それで終われば、何もかもうまくいったであろう。しかし、どんなことでもそうだが、すべてのものは時と共に流れる。「そのままみんな幸せに暮らしました」とはならないものだ。

 ただ、その知らせが1月遅ければ、関小玉は、ちょっと幸せになれただろう。実家に帰省できたという意味で。




 新兵への練兵の最中だった。

 むくつけき男がつかんだ木刀を肩に載せ、「あと百回!」などと叫び、新兵たちが必死こいて素振りをするという、いかにも練兵という感じの由緒正しい練兵光景だ。その中には、この度正式採用となった元自警団連中もいた。意外に軍が気に入ったらしいが、何が良かったのだろうか。


 あたしもああされたんだっけなーと思いながら、関小玉は懐かしくその光景を眺めていた。

「あの!」

 呼ばれて振り返ると、動揺した表情の部下がいた。なに? と聞き返す前に言われ、その内容に小玉は眉をひそめる。

「都からご使者が……」

「……相手は、急いでいる感じ?」

「それは……さあ……」

 わからない様子だった。聞いてもいないのだろうが、無理もない。関小玉がここに来てから、都から来るのは手紙の配達人と行商人くらいだった。それは、関小玉が来る前から変わらないのだろう。応対の仕方などわかるわけがない。

「どんな風にお迎えした?」

「応接の……」

「ああ、それでいい。お茶は? 旅の汚れ取るためのお湯とかは?」

「お茶は出しました。もう片方は……」

「すぐ用意して。あたし、いまからいくわ」

「はい」

 部下はほっとしたように駆け出す。関小玉は、練兵の監督に目で合図すると、相手が木刀を軽く動かして応えたのを見てからその場から離れた。




「お待たせいたしました使者どの……なんだあんたか」

「少しは驚け」

 むっつりと言った相手は、元副官の周文林だった。


 若干薄汚れているが、その美貌にかげりがないというのは恐れいる。まあ、戦場で何日も体洗えなくても、体臭はともかく外見はまるで損なわれて見えなかったやつだから、この程度の汚れなど彼の美貌的には敵ではないのだろう。相当不本意だろうが。

 そういえば、あいつやけに動揺しすぎている気がしたけど、こいつのせいか。

 先程の部下への疑問が氷解したことに気を取られたせいで、全然おどろかなかったが、そういえばこいつはここにいるはずのない人間だった。

「いや、驚いてるよ、驚いてる。なんでいるのあんた」

「お前を迎えに来たからだよ」

「えっ……!」

 喜べ文林、心底驚いたよ。心の隅のどこか冷静なところで思った。

「あたし、年単位でここにいると思ったんだけど……」

 もうすぐここに来て1年目の関小玉はおすおずと言った。

「普通、そうだろうな」

 とはいいつつ、普通ではない異動ばかりを経験してきた関小玉なので、いつも通りといえばいつも通りである。

 いつも通りでないのは、

「漬物、そろそろ食べ頃なんだけど」

 夏ごろに男たちから貰った微妙な主張の成れの果てを思い出した関小玉の呟きに、「漬物ってなんだ」という突っ込みではなく、「持って帰れば良いだろう」というまっとうすぎる返しをした周文林だった。


 関小玉は、彼の顔を見た、どこか影のある表情。

「あんた、この話に乗り気じゃなかった?」

「いや?」

 きょとんとした顔を向けられた。

「なんか辛気臭い顔してるんだけど」

「それは……」

 逡巡し、文林はため息をついた。

「後で言う。お前にも……聞きたいことがあるしな」


 はっとした。

「王将軍の馬のたてがみ、三つ編みにしたのあたしじゃないからね!」

「それじゃない。そしてお前が犯人だったんだな」

「誘導尋問……!」

「違う」

 まあ、王敏之がいろいろやらかした結果、関小玉が左遷される時に行きがけの駄賃に報復したのであることは、大体予想がつくだろう。




「ところであんた、いつ帰るの」

 儀礼通り、関小玉が拝礼して命令書を受け取る……という形式をこなした後、関小玉は問いかけた。

「お前と一緒に帰るよ」

「なんで?」

 使者の仕事はもう終わったはずである。

「王将軍から命じられたんだよ。後任への引き継ぎとかで、事務処理大変だろうから手伝ってやれって……ああ、本当にそうした方がいいと思うぞ、お前」


 今度は都の方に拝礼し始めた関小玉を見て、周文林はしみじみと言った。関小玉は今、心から馬のたてがみを三つ編みにしたことを心から悔いていた。

 どこかから、事務処理苦手な者同士だからな! という王敏之の声が聞こえるようだ。

 持つべきものは、部下の苦しみに共感出来る上司であった。


 まあ、あの人、たまに独走するが。

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