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ある皇后の一生  作者: 雪花菜
四章 左遷
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10

 筆跡は黄復卿のものだったが、文体を見ればわかる。これは周文林が作ったものだ。わかってしまった自分がなんだか嫌。

 黄復卿への手紙には書けないことだったが、周文林に彼氏代行を頼めない理由はもう一つあった。もちろん、異動前に起こったいわゆる「一夜のアヤマチ」というやつである。

 そんな奴にこんな頼みをするのは、色々ときわどすぎるので、最初から候補には入れていなかった。なのになんでぐるっと回って一回転したような形で、結果的に周文林がこういう役回りを背負ったのか。怖くて事情を聞きたくないと関小玉は思ったが、もちろんそれで正解である。

 もし知ろうとしたら、黄復卿に依頼した当初から周文林が事情を把握していたという事実に打ちのめされていたであろうから。

 

 あたしたち、ろくでもない縁で結ばれてるんじゃないだろうか。

 関小玉は少し痛む頭を押さえた。

 その後の歴史から鑑みれば、二人の縁はまさしく死が分かつまで切れないものであったのだが、その時の彼女は知るよしもない。


 ともあれ、周文林代筆の手紙は非常にできが良かったので、有効に使わせていただくことにする。それとなく現在の部下に「恋人」の存在をほのめかしたり、まかないのおばちゃん達に手紙を一部分だけ見せたりすると、見事に事態が沈静化した。

 なんだかにやにやと「恋人」のことをからかわれたりもしているが、それぐらいは覚悟の上なので従容と受け入れることにする。

 何より彼らはこれから忙しくなるため、それどころではなくなるはずだ。

 


 そう、期は満ちた。

 関小玉は部下達を集めて、重々しく事態を始めることを宣言した。



 三日後。清々しく汗をぬぐう関小玉以下おっさん・にいさん達が河原で土木工事をしていた。

「ふふ、いい……風!」

「ははは、天気も良いですなあ!」

 状況はなにやら青春じみた爽やかさをかもし出している。当人達の言動が無意味に爽やかだからだろうが、見た目は結構暑苦しい。

「どうぞこれで汗を!」

 楊清喜も絶好調に爽やかさに拍車をかけている。関小玉だけに手ぬぐいを差し出す楊清喜は、新妻のようにかいがいしい。他の男は意図的に無視しており、「あいつ結構いいタマだよな……」と最近あちこちで言われている彼である。それでいて、人数分の飲み物はきちんと用意しているというまめまめしさも垣間見せており、決して誰かに嫌われているというわけではなかった。


 さて、関小玉たちが何をやっているのかというと、軍隊の仕事の定番である灌漑事業である。体力有り余っている軍人を有効に活用し、なおかつご近所に喜ばれるという公共事業。それなのにこれまでやっていなかったというていたらくが、この部隊の末期的だった状況を示していて涙を誘う。

 工事の実施を示してから、ご近所の方々の態度が目に見えて軟化したということからもそれがうかがえた。


「そいやっ!」

 気合いとともに、杭を打ち込むのは……指揮官である関小玉。

 普通、指揮官とは指揮する人間であって、実際には作業しないということは、まあ当たり前のことである。しかし、なぜ彼女がここで実際に働いているのかというと、彼女の信条とか性格云々以前の問題だった。


 他にやったことのある人間がいなかったから。


 かくて、計画、指導、実施全て関小玉主導のもと行われているこの公共事業。しかし、色々とこなしてきた関小玉はもうその程度では動じない。

 ちなみに、作業していると全体が見通せないため、何か起こった時のために、指揮官の席には前責任者を座らせている。例の枯れ木みたいなご老人である。

 ときおりピクピクと動くため、かろうじて生きていることがわかるが、見た目、「薪にするために拾ってきた木を乾かしている」という感である。今更なので誰も指摘しない。

 ただ、これでご老体、言われたことはある程度難しいことでもきちんとこなす。言われただけでは望む段階まで達成できない者が多い中、こういう人材は結構ありがたい。若い頃は結構有能な人間だったのかもしれない。もちろん、理想は言われたこと以上のことをこなす人材だが、もしこのご老体がそういう人間だったら、ここで枯れ果ててはいないだろう。


 言われたこと以上のことをこなす人材……関小玉はふと周文林のことを思い出していた。あいつ元気かな。性病とかかかってなければいいんだけど。


 関小玉は今日も関小玉らしいという点で絶好調だった。この時、何かの啓示で関小玉の心中が周文林に知れたら、間違いなく彼は馬を飛ばして、関小玉のことを怒鳴りつけに行っただろう。

 しかし、そんなことは当然なく、彼はこの時、この世の終わりかというくらい落ち込んでいた。言っておくがもちろん性病が原因ではない。

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