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ある皇后の一生  作者: 雪花菜
四章 左遷
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 どんなことがあったのかというと、一言で言い表せば、こんな感じである。

「あたし、この場所にいると、自分が真面目・・・なんじゃないかって思えてくる」

 そういうことである。なんて恐ろしい。



 思えば、初日からすでにこの地はかっ飛んでいた。 

 赴任にあたって、関小玉は(あんな性格でも)緊張していたのだ。なんといっても、これまでの異動とは訳が違う。これまでは、皇城という一つの敷地内(ただし、下手な街よりずっと広い)での異動だったのだ。しかし、今回は土地自体が全然違う。当然、これまでとも勝手が違うはずだった。不安要素もある。

 往々にしてよそ者という存在は忌避されるものだ。そして、この度の人事は間違いなく左遷。

 受け入れる側からすると、「何かやらかした奴が来やがった」という反応になってしかるべきだろう。しかも、ぽっと出の奴が部隊の頭になる……それはいらっと来る。

 一軍人として、関小玉はその気持ちが分かる。だから、色々と覚悟していた。

 しかし、意外なことにこの度の異動で彼女は特に大歓迎はされなかったが、忌避もされなかった。

 別にそれは彼女の高名でも人徳によるものでもない。単に、元いた軍人も「よそ者」扱いされていたからだ。



 今回の異動で関小玉は一地方の辺鄙な街の駐屯地に飛ばされた。特に名産もないし、防衛の面で要所になるわけでもない場所だ。なぜここに駐屯地が設けられたのかというと、地図の上で駐屯地と駐屯地の間のぽっかりあいた穴のちょうど中心だったにすぎない。この土地ではなければならない、という理由がある訳ではなかった。

 当然といえば当然だが、現地に住む人間にとっても別にありがたみのあるものではない。


 結果、どうなっていたのかというと、この土地では地元出身の青年達によって結成された自警団が大きな力を持っており、駐屯部隊の兵士達はあなどられているという、肩身の狭いことこの上ない立場にあった。

 それが問題の「一つ目」。

 

 地元との付き合いがうまくいっていないことについては、関小玉も「お疲れさまです」と、これまでの責任者の労をねぎらうところである。

 しかし真の問題は、その侮蔑があながち不当ではないというところにあった。




 赴任二日目の朝、関小玉は執務室の窓の外から射す日の出の光を浴びながら迎えた。まぶしそうにしぱしぱ瞬く目の下にはうっすらと隈。

 

 絵に描いたような完徹である。

 新しい部隊に来た直後なのだから忙しいのは当然なのだが、今回の関小玉の忙しさはそのような生やさしいものではなかった。

 関小玉は、酷使によりつきつきと痛みを感じる目頭を揉みながら言った。

「よくここまで放置できたもんだな……」

 それは独り言だったが、聞きつけた部下……昨日まで、じゃなかった、おとついまでのここの責任者……が声を震わせながら言った。

「おおお……もうしわけございませんのう……小官のぉ、不徳のいたすところでぇ……げふごほっ」

 別に怒りで震えているわけではない。「名工の手によって目鼻が書かれた枯れ木」といった容貌のじいさんなものだから、なんというかもう、存在自体が常時小刻みに震えているのである。息継ぎの度の「はひゅー、ふひゅー」という呼吸音がなんとも不吉。いつポックリ逝くものかわかったものではない。

「ああ、ご老体。一晩付き合わせて悪かった。いいから寝て」

 一度眠らせたらそのまま永眠しそうな心配があるが、かといって寝かせずにいたらそれはそれで死ぬ。

「はああぁ、ではぁ、これでぇ、やすませていただきますでのぅ」

 そう言ってじいさんはよろりと立つと、腰を直角に曲げてよたよたと去って行った。一歩歩く度に大幅に体が左右に傾くので、見ていてはらはらすることこの上ない。杖を使わないのはあっぱれというべきか、そこまで歩きにくいならいっそ使えよというべきか。

 あんなご老体を完徹に付き合わせたことにたいして、良心の呵責かしゃくを覚えないわけではない。しかし、しかしである。


 誰もいなくなった部屋で、関小玉は、昨日から何度もかきむしった頭をもうひとかきむしりして、どこか泣きそうな声で言った。

「文林が恋しい……」


 言葉そのまんまの意味ではないので、念のため。

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