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ある皇后の一生  作者: 雪花菜
四章 左遷
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 朝っぱらにかゆ食いながら直面するには、刺激的すぎる内容だった。


『よう、おれおれ。元気してるか?こっちはもちろん元気にしているし、ほかの連中もまあ、毎日出勤しているところを見ると元気なんだと思う。今回の手紙書いたのはほかでもない、文林の奴のことだ。あいつ最近結構砕けてきたというか、頭柔らかくなってきたぜ。でもたまになんだか焦ってるみたいな感じもあって、なんかあるんだろうな。追求しないけど。そうそう、それで本題。なんとこの前、あいつと一緒に妓楼行ってきたんだ。もちろん本番アリ。その後もそれなりに自分で通ってるらしい。ほら、前にお前に頼まれてたろ?「きれーなオネーサマのところにあいつ放り込んでくれない?」って。前は文林の奴、めちゃくちゃ怒ってたけど、どんな心境の変化だったのかねー。まあいいけど。成長っちゃ成長だろ。あいつのことだから性病には気をつけるだろうし、そういう訳で俺、任務完了。で、報告終了。ではまた。』

 黄復卿による手紙である。(ほぼ原文ママ)



「……ほう」

 しばしの沈黙の後、関小玉は一声発すると、くわえっぱなしだったさじをすぽんと口から抜いた。そしてもう1回読んでみたが、当然内容が変わるわけもなかった。


 要約すると、たった一言。

 「周文林が、女遊びを覚えた」

 ……である。それだけのことを、ここまで長々と紙面を割いて述べることができるのは一つの才能だろうが、関小玉はいまさらこの程度のことで驚かない。


 なにしろ世の中にはさらに強者がいるのだ。たとえば、「もっとがんばれ」というだけの内容を長々と半刻かけて話す(しかも同じ表現が二度と出ない)某将軍などが筆頭である。あれは本当にすごい。関小玉は彼の話を聞いていると、たまに感動を覚えるときすらある。いつもは「さっさとすませんかい。このヅラ」としか思わないけれど。

 ちなみにそれは関小玉の上司である王将軍こと王敏之ではないので、念のため。彼の名誉のために言えば、大したことのない内容をある程度長々と話さなくてはならない演説の時に、それこそ「もっとがんばれ」とだけ言って壇上を降りるような人間……おかしい、名誉守られてない。むしろおとしめている。

 なお、性格から予想される通り、関小玉も王敏之よりの演説をする。


 閑話休題。


 つい先日肉体関係を持ったばかりの童貞が、玄人のお姉様に手を出す……そんな事態。


 いやー、すごいわ。あいつやっぱやるなあ。


 それを知らされ、どろどろとした感情が関小玉の胸を満たす……はずもなかった。

 それどころか関小玉は久しぶりに腹の底から感心していた。さすが周文林。あいつはやはりただ者ではない。


 なんと言っても「ハジメテ」があんな経験である。下手をすれば、もう女なんかこりごり的な流れにはるところ、あえて玄人の女性に挑戦することで克服する……何という向上心だろうか。

 そしてちょっと安心した。これで本当に女なんかこりごり的な流れになって、完全に女性を遮断する方向になったら、自分がきちんと責任をとらなければならないところだった。すごくいい女紹介するとか、あるいはすごくいい男紹介するとか……すごくいい女にも男にも心当たりはあるが、面倒くさい。

 自分が結婚してやるという選択肢? もちろんあるわけがない。お互い望んでいないことだし。

 とにかくこれで、周文林の問題は解決した。いや、ずっと気になっていたのではある。あの事件からすぐ経って、ろくに話をする間もなく、関小玉は都を離れて今の赴任地に行ってしまったから。しかし これでようやく心の荷が一つ下りた。


 この時点で、関小玉は、先日の事件に解決済みの印を押して、心の引き出しに片付けていた。

 というか、片付けないとやっていられない。

 関小玉はすがすがしい気持ちで、器の底に残っていた粥をすすった。



 朝に粥を食べるという食生活はこちらの地方の特徴だった。関小玉にとっては久しぶりのものである。帝都では、小麦料理が主で、練った小麦の生地に餡を詰めて焼いたものか、練った生地を焼いたものに具材を包むというものを朝に食べていた。

 すっかりそれに慣れてしまっていた関小玉だが、こうやって粥を食べていると、故郷の近くに戻ってきたのだなあという感慨が胸にわく。早く実家に顔を出したいのだが……。

 すがすがしい気持ちが一転、関小玉はここで一つため息をついた。

「あの、お粥のおかわりは」

「あ、ちょうだい」

 おずおずと声をかけてくる少年に、器を差し出す。体が資本の仕事、食わなければ何も出来ない。特に、あわひえの粥は腹持ちが悪いことだし。

 関小玉はその気になれば、米の粥だって毎日食べることが出来る程度の給料は持っているが、そこまで食事にこだわりはない。おいしいものを食べるのは好きだが、関小玉は「安くておいしいもの」が好きなのであって、いくら美味でも対価次第では自身でも驚くほど興味を持てなかった。それは服飾等にもいえることだ。


 野郎どもはそれを貧乏根性と呆れる。おばちゃんたちはそれを主婦根性と褒め称える。

 性別上、相容れない概念というものは確かに存在するものだ。


 だが、世の中、性別以前に理解できない事柄、存在というものもあったりする。

 関小玉はそれを、この地に来てしみじみと思い知った。


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