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それは帝姫の口癖だった。
「わたくし、女になど生まれたくはなかったわ」
そう言って唇をとがらせると、おつきの者たちは皆困ったように言う。
「何をおっしゃいます」
「殿下はそのようにお美しくあられるというのに……」
それがつまらない。いや、何もかもがつまらない。
自分のことを甘やかしているが、理不尽な父。父の寵愛が若い妃に向いていつも苛々している母。誰が権力を握るかいがみ合っている兄弟。あらゆる者の阿諛追従。
あれをしてはいけない。これをしてはいけない。それはかならずしなくてはならない。
気が狂いそうだ。そして、常に焦燥感にかられている。こんなことでいいわけがないという気持ち。自分の中のそれは多分獣の形をとっている。たまに暴れ出して手が付けられなくなる。そして自分自身もまた、獣と一緒に荒れ狂う。
そんな時の周囲の者の目がたまらない。またか、という目。仕方が無い、という目。
だれも自分の心などわかってくれない!
けれど、最近護衛となった武官は違った。彼女は真顔でこう言った。
「殿下のことを誰もわからない? いや、誰もがわかっちゃ大変ですよ」
「なぜ!?」
驚いた。彼女だったら、きっとわかってくれるだろうと思っていたのに。しかし、その驚愕が怒りに変わる前に、彼女は意味不明なことを言った。
「だって、傷がついちゃいます」
「は!?」
何を言っているのかわからなかった帝姫に、その武官は彼女の頭をなでながら言った。
「自分自身というのは、自分にとって大事な宝物なんです。しかも、とっても柔らかくて、傷つきやすいもの。だから、信用できる人、大事な人にしか見せないもんです」
だから殿下、その心は大事な人に会って、その人が受け取ってくれるまで、大事にくるんでとっておきましょうね。
そうささやいて笑ってくれた時から、帝姫の大事な人は彼女になった。
彼女が帝姫の心を受け取ってくれる日がくるとは思えなかった。
“わたくし、女になど生まれたくはなかったわ。”
口癖だった言葉を帝姫はもう口にしない。今ではその言葉を思うだけで、辛く、苦しいからだ。けれども、いつか彼女に自分の気持ちを告げる日が来たらと思っていた矢先、父が死んだ。
新しく帝位についた異母兄は、自分のことを快く思っていなかった。
帝姫は遠方の皇族のもとに嫁ぐことになった。明らかに厄介払いだった。
帝姫の輿入れの護衛は、彼女が行うことになった。嫌だった。嫁ぐ自分を見られたくなかった。けれども、一瞬でも長く一緒にいたかった。これが終わればもう、一生会うことのできない相手だった。彼女は帝姫を嫁ぎ先に送り届けたら、それまでの任を解かれ、別の地へ赴任することになっていた。
嫁ぎ先に到着したとき、彼女は笑って言った。
「おめでとうございます、殿下。どうかお元気で」
「……」
その言祝ぎに何も返せなかった。彼女が立ち去ったあと、帝姫は、自分に与えられた部屋に駆け込み、むせび泣いた。
胸の中に渦巻いていた言葉は、かつての口癖と少し違った。
ああ、わたくし、男に生まれつきたかった!