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ある皇后の一生  作者: 雪花菜
三章 異動
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「小玉、小玉はどこなの!?」

 その声を聞きつけて、ため息をついたのは、たまたま関小玉の側近くに控えていた武官。関小玉は黙って立ち上がった。

「閣下」

 気遣わしげな声に、関小玉はちらりと笑った。

「席を外す。あとを頼んでも?」

「あ、はい。それはもう……」

「小玉!」

 彼女の言葉尻に重なった形で、再度帝姫の声。響きから、だんだん苛立ってきているのがわかる。 

「はいはい、こっちにいますよ帝姫さま」

 関小玉は、お気楽な声で応えると、とことこと部屋から出た。

 声のする方へ向かうと、そこには肩をいからせた帝姫とおつきの女官が数名。

「もう、どこにいたの!? わたくしが呼んだらすぐ来なくてはいけないのよ!」

「はい、すみませんねえ」

 関小玉の姿を認めると、彼女は突進してきた。女官が申し訳なさそうな顔で見てくるのに、目で「いいですから」と伝える。伝わったかどうかはわからないが。


 帝姫になつかれた。そんな状態である。


 関小玉の聞いた帝姫のお転婆は、

「あー、かわいらしいこと」

 この一言につきる。むやみに馬に乗りたがったり、お忍びで外に出かけたがったり。

 ただ、つきあう者の心労が並大抵のものではないということはわかる。実際、関小玉もそれにつきあう立場になったのだから。


 そして、帝姫本人を観察してわかったこともある。この少女は、本当にそれらのことをしたいのではなく、ただ自分の日常から離れたことをしたいのだと。

 

 だから、提言した。

 「こーいうのは、適度に発散させてあげりゃいいんですよ」

 で、子供の頃、関小玉がしていた遊びを教えたのである。

 

 こま回しとか、笛作りとか、木登りとか。

 これが大当たりした。

 おかげで帝姫の行動半径は狭くなり、女官達に感謝される今日この頃である。ついでに、関小玉は帝姫の扱いかたも上手にこなすので、異様に頼りにされるようになった。

 また、帝姫が何をやっても興味を示すから、教える側としてもやりがいはある。最近は、皮のなめし方とかまでやっている。もはや遊びとは全然関係ない。

 また、帝姫は、関小玉本人にも元々興味を持っていたようで、しきりに話を聞きたがる。


「ねえ、おまえの初陣のことを話しなさい」

 たとえば、今のように。


 なんでなんだろうなーと疑問を口にしたら、元上官の柳隊正に笑われた。華々しい戦歴、出世、あなたは年若い活動的な少女たちにとってはあこがれなのだと。

 そんなものなのだろうか。

「閣下本人には不本意なことでしょうが」

 と添えるあたり、元上官はさすがに関小玉のことをよく知っている。


 まあ、別に今の職場に不満がある訳ではない。帝姫のような性格の人間は嫌いではない。旧来の友人の一人もそのような人間である。彼とのつきあいの中で学んだことによって、帝姫の扱いが楽になったのだから、彼のいる方向に手を合わせたくなる。

 そういえば彼は元気だろうか。相手の結婚以来会っていないので、そのうち会いに行こうなどと思う。良い酒でも持って。


 悩みがあるとすれば一つ。

 楽して給料もらっていて、これでいいのか。

 だから、その話が出たとき「ああ、やっぱりな」と思った。




 帝姫の甲高い声が響く。

「どうして!? おまえはわたくし付きの武官でしょう! 戦場に行く必要などないじゃない!」

「殿下、そのようなことをおっしゃっては……元々の取り決めだそうですし」

「うるさいわね!」

 女官のたしなめる声を、興奮した帝姫は一顧だにしない。

「わたくしがお父様にお願いして、行くのを取りやめてもらえば……」


「殿下」

 関小玉は口をひらいた。さすがにそれをされては困る。


「私が行けば、何人かが死なずにすむかもしれません。私はそのために行きたいのです」

 帝姫は口をへの字に曲げ、そして叫んだ。

「もう知らないわ! 出ていきなさい!」

 後で、帝姫の女官たちにめちゃくちゃ謝られた。

「申し訳ありません、閣下」

「いえ、あなたたちが謝ることではないです。まあ、あと少しすれば落ちつくと思うんで、甘いものでも持ってってあげてください」

 今頃、なんであんなこと言ったんだろうとか、蒲団にくるまりながら思っている頃だろうなーと考える関小玉は、帝姫のような人間の扱い方を本当によく心得ている。

「今、最もお忙しい時期でしょうに……」

「あー……まあ……」

 否定できない。というか、熱烈に肯定できる。


 なんといっても、出征十日前。

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