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「閣下がそんなことをなさる必要はありませんわ」
「閣下、これ召し上がってください」
「閣下、どうぞこれをお使いください」
関小玉が毎日必ず聞く言葉だという。
「あと、なんか練兵の時は関係ないのまでびっしり集まって見学してる。むやみにきゃーきゃー言われる。一対一で会話するとなんかもじもじされる。特に年下の女の子には。嫌がらせされているわけじゃないんだけどさ、なんかね……」
彼女は深いため息をついた。
「わかっちゃった気がするんだ、あんたの気持ち。同性にもてもてでもうれしくないね」
そんな共感はいらない。
「身の回りに男がいないからじゃないのか、誰か紹介すればいいだろう」
「ああ、それはね、あたしも考えた。ほら、結婚願望ありあり男たちに紹介するみたいな約束もしたからさ、『会って話でもしてみない?』って言ったら、『男なんて必要ありません』って返された」
「そうか……」
「なんか、あたしが昔いた頃とずいぶん変わっちゃった気がする」
関小玉はどこか遠い目をしている。周文林は「昔」という言葉に興味をもった。彼女の過去。気になる。
「昔はどんな感じだったんだ?」
関小玉は、んーと言って、頬をかいた。
「みんな割と結婚して退職したい気持ち強かったな。あたしはそこまでじゃなかったけど、結婚相手見つかったら退職するだろうなとか考えてた」
「……今は?」
「なんか、それどころじゃないって感じ」
なるほど、では……。
「男とつきあう気はないんだな」
「いや、あるよ」
関小玉はばっさりと切り捨てた。
「え?」
「はい?」
二人はなんとなく何となく顔を見合わせた。
「待って待って、あたし今言い方悪かった気がする。男とつきあったり、結婚したりするのが嫌って訳じゃないのよ。でも、結婚したら仕事やめてくれって言われたら、気持ちが冷めるなあってとこ」
「それは……つきあってみないとわからないだろう」
したり顔で言う周文林に、関小玉は手をぱたぱた振って言った。
「いや、経験談だから」
「え?」
「実際、結婚したら仕事やめてくれって言われて、なんか違うなって思ったことがあったってこと」
周文林は完璧に固まった。関小玉が胡乱な目をする。
「あんたまさか、あたしがこの年まで男とつきあったことないって思ってたわけ」
思っていた。
何の根拠もなかったが、周文林からしてみると、彼女と交際しようとする男性がいるなど想像もできなかった。あと、彼女が恋をするという機能を兼ね備えていることも。
が、関小玉はそんな彼の思い込みを木っ端みじんに粉砕し始める。
「いや、それはないよー。ていうかあたし、軍にいる間、3人とつきあってるよ」
「……さんにん」
「あと、軍入る前に振られた許婚含めると4人」
「……いいなずけ」
「あれ、言ってなかったっけ」
聞いてない。
「あと片思いの人もいたけど、それは今回、数に入らないよね」
淡い初恋でした〜と冗談めかしていう関小玉を、周文林はまじまじと見つめた。関小玉が生身の女性だということを、頭ではわかっていたが、今初めて実感した。
ちなみにそれ以前の周文林の感覚では、彼女は「関小玉という名の種族」だったりする。
「ところでさあ、文林」
にしし、と笑いながら関小玉がずいと詰め寄った。嫌な予感がする。
「な、なんだ」
「あたしにだけ話させておかないで、あんたも教えてよ」
「お前が一方的に話したんだろうが!」
「いいじゃない、さあ教えなさいよ、文林くんの恋愛遍歴!」
小料理屋を経営する夫婦はそろって天井を見上げた。
「なんだかにぎやかだなあ」
「あの子、いくつになってもかわんないわよね」
「なんか、妙齢の男女が二人っきりっていう感じが全然無いな」
「あら、急に静かになったわ」
正座して頭を下げる関小玉。そっぽを向く周文林。
「……ごめん、聞くんじゃなかった」
「……」
「あのー、あたしそっちの職業のお姉さんとも面識あるから、紹介しようか?」
「いらん」
「あー……恋愛に慎重な男っていいと思うよ、うん」
「……」
「帰ろっか」
「そうだな」
どんな会話があったかは、推して知るべし。
後日、関小玉が黄復卿に「あいつちょっとお姉様たちの中に放り込んであげてくんない」と頼み、周文林がそれを知って激怒する一幕があったとかなかったとか。