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ある皇后の一生  作者: 雪花菜
一章 ある少女
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 ところで、自立というのは難しいと思いませんか。


 ……などと呼びかけ調にしてみても、この場には自分一人。そして、「ところで」などと、話を変える時に用いる言葉を使うのも不適当だ。さっきから、同じようなことしか考えていないのだから。そう、自立とか自立とか……あと、ちょっと捻って自活のことを。


 などと考えていたら、日が傾いていることに気が付いた。


 あーあ。

 小玉はため息をついて立ち上がった。尻に付いた草の切れ端をぱんぱんと払う。そうして籠を手に取ると、えっちらおっちらと歩き始めた。今日も建設的なことは何一つ思い浮かばなかった1日だった。

「どうしようかなあ……」

 歩きながらぼそっと呟く。ここ最近の口癖だ。

 何度呟いても悩みの答えは出ないとわかっているのだが、それでもまた「どうしようかなあ」と呟いてしまう。なんとも不毛だ。

 そもそも本来なら今頃は、もっと別なことで悩んでいるはずだったのだ。そう……たとえば嫁姑問題だとかね。


 嫁姑問題に悩む前提として必要なものは、結婚である。あと、相手の母親が存命だということも。

 だが、悩むも何も、小玉は現時点では独身で、特定の男もいない。あくまで現時点では。

 だが未来の時点はわからないが、過去の時点でいえば、小玉には言い交わした男がいた。単なる口約束ではなく結婚まで間もなくというほどの相手だった。小玉はまだ15才だが別に非常識な話ではない。事実、小玉の兄と数ヶ月前に結婚した相手は、小玉と同じ年である。ついでに、小玉の幼馴染みだったりもする。本来ならば幼馴染みが嫁に来るのと入れ違いに、小玉も先方の家に嫁ぐ予定だった。

 そう、「だった」

 その予定が予定のまま過去のものとなったのは、小玉のせいではない。3ヶ月前、許嫁が地主の娘に見初められた。それだけで大体の事情は分かるだろう。つまり小玉は捨てられたのだ。

 今に至るまで、そのことを特に悲しいとは思わない。

 多分、心のどこかが麻痺している。男の家から一方的な破談を言い渡された日から、心の一部が暗くて見えないのだ。直視してしまえば泣きだしそうな気がするから、小玉はその暗がりを覗き込まない。

 率直に言おう。男はそんなにいい男ではなかった。小玉と容姿の上で釣り合う程度だったのだから推して知るべしというものである。だが、気のいい男だった。共にいて苦にならない相手だった。

 かといって、男が好きだったのかと言われれば、それほどでもない。近くにいて、なにかの切っ掛けでお互いを結婚する相手として意識したにすぎない。その切っ掛けさえも覚えていないのだから、きっとささいな何かで左右される程度のものだったのだ。一歩間違っていれば、幼馴染みである兄嫁が今の自分の立場にいたかもしれない。そんな取り替えが可能な関係ではあったのだから、彼が地主の娘を選んでも無理はないのだろう。金とかの問題ではなく、自分に熱烈に惚れている娘の方が結婚相手としてはいいだろう。むろん、金があればなお良いのだが。

 でもなあ、と思う。それほど好きなわけじゃなかったけれども、好きであることには変わりなかったのだ。


 許嫁との破談によって小玉が得たものは何もない。それでいて失ったものはあるという、割に合わない結末だった。失ったものは未来の夫だ。それは小玉を捨てた許嫁のことだけを示しているわけではない。

 既に嫁入りまで秒読み状態だったところをいきなり破談にされた娘に来る縁談などある訳がない。

 むろん小玉には何の責任もないことだ。それは村中の人間が分かっているし、同情も寄せていた。しかし、それとこれとは話が違うのである。そう思うご近所さんたちの心理を小玉は良くわかっていた。なんといっても彼女もここで15年間生きてきたのだ。おそらく自分のことでなければ、小玉もまた村人と同じ対応をとってそのことに疑問さえ抱かなかったのだろう。

 救いといえば家族が優しいことだ。父は既にいないが、母も兄も兄嫁も自分を疎むことなく扱ってくれる。だがそれだけにこう思うのだ。

 自分はここにいてはならない。

 母が夜、こっそり涙をぬぐっている姿を見ることもある。その度にその気持ちはますます強くなる。自分はいるだけで母を悲しませる存在なのだ。

 今はまだいいが、10年、20年と実家に居座り続けたらどうなるだろう。家族が自分を疎ましく思ったら、自分は心の意味でもいる場所がないのだ。それくらいならば今出て行けばいい。全てに疎まれた後に出て行くのと違い、今出て行くのならば、故郷は優しい場所として思い返せる。

 だが、どうやって出て行けばいいのだろう。考えはいつもそこで行き詰まる。単に村を出て行くだけならば簡単だが、その後自活していかなければならないのだ。何とかなるさと楽観するには自分があまりにも田舎娘だということを小玉は知っていた。男に食い物にされて、落ちぶれるのがせいぜいである。行方をくらますだけならば話は早いのだが、それをやれば家族はとてつもなく心配するはずだ。どこか自分を雇ってくれるところがあればいいのだが、これまで村から出たことのない自分にそんな伝手などあるはずがない。

 だから今日も小玉はため息をついて、家に帰る。




「ただいま……」

 家に帰り、小玉は目を見張った。家の中で母、兄、兄嫁が通夜のように暗い顔で顔をつきあわせていたのだ。

 だが当然通夜ではない。小玉の家族はこの四人だけであり、他に身内はいない。まあ、狭い村のこと、村人全員が血縁関係を持つのだが、村人の誰かが死んだのならば今この場で沈み込んでいる余裕などあるはずがない。

「な、何があったの……?」

 慌てて家に上がり込むと、兄嫁がさっと顔を上げた。真っ青だった。

「小玉……」

 そして袖を顔に当ててすすり泣き始めた。


 村には数年に1度、立派な身なりの軍人がやってくる。人狩り、と揶揄を込めて囁かれるそれは徴兵のための役人である。どのように徴兵するのかというと、彼らは単に村長に徴兵する人数を告げるだけだ。あとは村がそれぞれの方法で徴兵される者を選ぶ。選ばれた者は大抵雑務に従事したり、国境付近の警備にあたるらしい。数年経てば帰ってくる者もいれば、帰ってこない者もいる。帰ってこない者は死んだのか、それともここに帰るのが嫌なのか。

 今回この村から連れて行かれるのは5人。この村ではくじでそれを決める。各家の家長がくじを引き、当たった家から兵を出すのだ。 

 そして兄は見事その当たり……人生においてははずれきわまりないくじを引き当ててしまったのだという。

「兄ちゃん……」

 家族全員が通夜気分になるのも無理はない。小玉もその話を聞いた途端にまったく同じ気分になった。この家に男は兄しかいない。兄がいなければ家は立ちゆかなくなる上に、兄は少し足が悪い。帰ってこれる保証はどこにもない。

 これは一体誰の悪意なのだろう。そのくらいの事情はくじを引く前に汲み取ってくれてもおかしくないはずだ。まったく同じ事を母も思ったらしい。虚脱した体に急に生気をみなぎらせた。

「ちょっと文句付けてくる!」

「あたしも!」

「待て母ちゃん!」

 立ち上がる母と妹を兄が慌てて止める。曰く、そんなことをすれば村から爪弾きされる、と。その言葉はこの上なく正しい。だが納得できるものではない。

「でも、兄ちゃん!」

 やりきれない思いを込めて小玉は兄を呼んだ。


 そのとき。

 

 一つの考えが頭に浮かんだ。後に思い返しても、なぜ自分がこのような思いつきをしたのかまるでわからない、当時の自分としてはあまりにも突飛なものだった。それははたして天啓だったのか、それとも魔性のささやきだったのか。ともかく、そのときの小玉にとってそれは、今彼女に重くのし掛かる悩み全てを解決する、すばらしい考えに思えた。

「じゃあ、じゃあ……あたしが行く!」

 兄嫁が思わず泣きやんで、大口を開けた。

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