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ある皇后の一生  作者: 雪花菜
三章 異動
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 ねえ。

 本当かしら。

 間違いないわ。

 ええ。聞いたわ。

 信じられないけど……。


 女達がさざめきあう。隠しきれない興奮をふくんで。




 来て早々、こんな試練があるとは思わなかった。

 関小玉は右手をぎゅっとにぎりしめて、首を横に振った。

「なんというか、本当無理なんです。無理」

 その拳からは、紐がはみでている。現在の関小玉の位を示す「じゅ」というものだ。それを渡せと言われている。別に解雇されるわけではない。


 つまり、降格か昇進。もちろん後者である。


 今回、あたしなんにもしてないよ!

 というのが、関小玉の言い分である。こういう場合の彼女の言い分は大抵正しく、そして大抵聞き入れてもらえない。

 現在、関小玉の位は校尉である。そして、今回与えられる位は右郎将うろうしょう。いきなり二つか三つくらい階級が上がってしまう。


 そんな彼女に向かって、手の平を上にして突き出す男が一人。

「気持ちはわかるのだが、帝姫に箔を付けるためだ。我慢しろ」

「えー……」

 そんな理由か。でも、それは逆らえない。

 観念した関小玉は、綬と、印を渡した。

 初の女性将官なるかとささやかれていた関小玉は、華々しさのかけらもなく将官になった。いや、別に華々しさとか求めてないんだけどさというのは、彼女の負け惜しみではない。一点の曇りもなく本音である。

 さて、校尉あらため、右郎将になった関小玉は新たなる部下のもとに顔合わせに行った。

 そこにいたのは、沢山の女たち。そして、その先頭には、


「あ、お久しぶりで……」

「ご無沙汰しております『閣下』」


 相手が関小玉のあいさつをさえぎる。その目は「格下に敬語を使うんじゃありません」と語っている。馬鹿にしている訳ではなく、真剣にたしなめているまなざし。

 無礼をとがめられない。

「あー、元気にしていた……だろうか、柳隊正」

「おかげさまをもちまして」

 無理矢理言葉を堅苦しく作る関小玉に、柳隊正こと、柳銀葉、更にいえば、関小玉の最初の上司はふふっと笑った。

 関小玉は今も彼女に頭があがらない。でも、あげないと多分怒られそうだ。

「我ら一同、閣下のことをお待ちしておりましたのよ」

「はあ、それはそれは」

 としか返しようがない。というか、さらっと流してしまっていたが、閣下とか呼ばれる自分って、相当似合わない。

「これからご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」

 一斉に頭を下げる女性たち(半数以上が年上)に、小玉はちょっと引いた。



 それでもなんとか引き継ぎや、打ち合わせを終えたあと、関小玉はついに、新たに仕える主人と面会した。 



「お前が関小玉ね」

 おう、かわいい。

 下げていた顔を上げると、そこにはお人形のように美しい少女がいた。小玉の異動の原因となった張本人である帝姫だ。

 小玉は少し拍子抜けした。お転婆だと聞いたから、快活そうな少女を想像していたのだが、予想とかなり違う。神経質そうで、しかも華奢だ。こんなほっそい体でどんなお転婆が働けるのだろうと、小玉は真剣に悩んだ。

 

 ちなみに、小玉基準のお転婆はこうである。

 1、近隣の少年たちが作った秘密基地に攻城戦をしかける。

 2、悪ガキを罠(文字通りの意味)にかけて、木に逆さづりにする。

 3、井戸に……(後略)


 仮にも深窓の姫君のお転婆をお前基準で考えるなと突っ込める者が、関小玉の脳内に存在するわけはない。

 この方は何をやって「お転婆」と言われているのだろう……と真剣に悩む関小玉は、多分帝姫の行状を知れば、「なーんだ」と呟くことだろう。

 そんな帝姫は形の鼻をふんと鳴らして言い放った。

「わたくしは別に、お前にような卑賤ひせんの身の者に仕えてもらう必要などないわ」




 そこまで聞いた周文林は、思わず吐き捨てた。

「最悪じゃないか」

「いや、話まだ途中だから。最後まで聞いてよお兄さん」

 たしなめられて、周文林は眉をひそめたまま手に持った杯を干した。

 ちなみに現在、関小玉と二人して小料理屋の個室にしけこんでいるわけだが、もちろん逢い引きなどではない。


 関小玉が異動して後も、周文林による読み書き講座は、頻度が減ったものの続いていた。今日はそれが終わった後「よーし、今日は飲むぞ!」と、叫んだ小玉に文林がひきずられて今に至るわけだ。


 彼女が異動してから一ヶ月。移動後初めて顔を合わせたとあって、話は自然にお互いの近況についてのことになっていた。

「その後にさ、帝姫さま、こうおっしゃったのよ」

『で、でも、わたくしの側に仕えるなら、仕方が無いわ、私の名を呼ぶことを許します』

「……。」

「これ、どういう意味なんだと思う?」

 真剣に悩む関小玉、単純に考えれば好意の裏返しでつんけんするというやつなのだろうという予想はつく。だが……そもそも、関小玉は、面識すらなかった帝姫に好意を持たれる心当たりがないのだという。

「いや……それは……」

 単純に考えて良いのではないかと言おうとした周文林だったが、なぜかそう言えなかった。口から出たのは別の言葉。

「ちなみにお前は、帝姫の名を呼んでいるのか」

「いや、『おそれおおいですー』とか言って、今も称号呼びしてるよ」

「ああ、まあ、それでいいんじゃないか」

 なんだか妙にほっとして周文林はうなずいたが、関小玉は身もふたもなく言い放った。

「まあ、現実問題として、その時帝姫さまの名前知らなくってさ」

 あはーと笑う関小玉に、周文林は遠慮無く言った。

「この馬鹿」

「さすがに今は知ってるって」

「今も知らなかったら、大馬鹿だな。ただの馬鹿でとどめておいてくれ……とりあえずうまくやれてはいるんだな」

 確認程度の意図で発した問いかけだったが、その答えは歯切れが悪かった。

「多分……うまくやれてると思う……よ」

「何か問題でもあるのか?」


「なんか、待遇が……良すぎて」

「何?」


 今、妙なことを聞いた気がする。


「というか、ちやほやされすぎて」

「は?」

 本気で聞き間違いではないかと思った。

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