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ある皇后の一生  作者: 雪花菜
二章 ある少年
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17

 追加注文のついでに下げてこいと、空いた皿をしこたま持たせて黄復卿を部屋から追い出すと、張明慧は手酌で酒を杯に注ぎながら言った。

「小玉が課題を見つけたことだし……あたしももうちょっと精進するよ。今回、敵将に特攻したってのに、情けない結果で終わったからね」


 情けなさってなんだろう。


 周文林は、脳裏に先日の激闘を浮かべて思った。あれを情けないというのならば、自分はなんなのだ。

 周囲を見回せば、全員同じ事を思っているらしく、微妙な顔をしている。


 だが、張明慧の心境もなんとなくわかる。あの突撃の際、彼女は矛を持つ敵将と直接対決することを考え、自身の長柄武器を手放さなかったのだという。

 たとえ剣の腕が良くても、長い武器を相手取れば遅れを取ることがある。だから張明慧は全員が騎射しているときに、弓を手に取らなかったのだが、それなのにもかかわらず、相手の首を取れなかったのが悔しかったのだろう。

「次こそは、奴の首を一刀で落とせるようにしてみせるとも」

「明慧……あんたどこまで強くなるのさ」

 鍛錬を積んで劇的に技量が上がるものならば、誰も苦労はしない。だが、張明慧は、そのような常識を超越していそうな人間だった。その辺りが、関小玉の片腕と言わしめる由縁なのかもしれない。

 張明慧の称号が、「武威衛最強」から、「十六衛最強」になる日もそう遠くはないかもしれないと、周文林は思った。ちょっと遠い目で。



 関小玉、張明慧と今後の課題を宣言したところで、何故かその場にいる全員が自分の目標を述べることになった。そこに誰も疑問を投げかけない辺り、全員がほどよく酔っ払っていることが見て取れる。だが。


「騎射の腕を磨く」

「俺、新しい武器に挑戦してみたい」

 このあたりは、意欲が闘志溢れているが、


「蓄財」

「甲冑の新調」

「今年こそ結婚」

「実家でごろごろ」


 後半あたりは、色々と間違っている。意欲と闘志はあるのだが、それに欲望という不純物が大いに混じっている。

「あたしも実家には帰りたいな」

「お前もか」

 周文林は突っ込んだ。

「だってもう、5年も実家に帰ってないよ。甥っ子1回も顔見てないのに、もうすぐ5歳だよぉ」

「別に甥の顔を見なくても、死ぬわけじゃないだろうに」

「今絶対かわいいさかりだよ、今逃したら死んでも見れないぃ」

 関小玉は、うええんと泣き真似をする。

「ああ、それはそうですねえ。5歳かあ、いいですね、かわいいですね」

 と、張泰が顔をとろけさせる。彼は3児の父である。

「母ちゃんと兄ちゃん夫婦にも会いたいし、父ちゃんの墓参りもしたいし……」

 関小玉は指を折りながら、実家に帰ってやりたいことを述べていく。

「あと、給料についても説明したいし」

「なんだそれ」

「いやさ、実家に仕送りしてるんだけど、うちの家族、あたしが出世したこと納得してなくて。無理して金送ってるんじゃないのかーって、服とか食べ物とか大量に送ってよこすんだ。すごく心配してるって内容の手紙と一緒に」

「意味ないねえ」

「そんなに大金を送ってるのか?」

 周文林の疑問に、関小玉は片方の眉を上げて、「まさか」と言う。

「あんまり大金送ると、家長の兄ちゃんの顔つぶしちゃうから、ほどほどな金額だよ」

「ちゃんと手紙で説明……はしてもそうなんですね、今の話だと」

「そ。だから、直接説明したいんだよね。張泰、そういうことだから、お休みとれない?」

「無理です」

 常ののんびりとした口調が嘘のように、きっぱりと切り捨てられ、関小玉が肩を落とした。それを見た周文林は、不思議な気持ちになった。


 周文林は生い立ちもあって肉親に対する情が薄い。仮にもっとも近しい祖父母が死んだとしても、礼儀上しか泣かないだろうという確信がある。相手も自分に対して同程度情が薄いだろう。だが、それを問題とは思わなかった。

 だが、関小玉という女は、家族を愛し、そして愛されている。別に、他人が家族を愛しているからといって、今更自分の生き方を変えようとも思わない。だが、関小玉という周文林にとって捉えようのない人間を愛し、愛されている存在がいることに、なにかもやもやとしたものを感じた。


「おーい、酒持ってきたぜー!」

 それは形になる前に、黄復卿ののんきな声によって散らされた。

「ちょっ、酒!? あんた、料理追加しにいったんじゃ……!」

 関小玉が顔を引きつらせる。今回、彼女は懐に痛恨打を食らうのだろうと周文林は思った。だが、


「それは、うちからのおごりよ」

 ひょこっと顔を出した店のおかみさんによって、その予想は覆された。


「阿連、素敵……太っ腹!」

 関小玉は胸の前で手を組んで、目を輝かされる。今彼女にとって、おかみさんは女神あたりにでも見えているのだろう。

「ま、今回はおまけするから、今後もっと食べに来てちょうだい……おみかぎり、寂しかったわ」

 言葉の後半で、身をくねらせ、しなだれかかる。

「やだもうそんな、あたしには阿連だけなのに……」

 相手の言葉に乗った関小玉は、そっと相手の手を取る。ちょっとした愁嘆場劇場に、場は大いに盛り上がった。周文林もたまらず吹き出した。笑いながら、関小玉を見る。


 まあ、いいかと思った。


 今はまだ捉えようのない人間でも、いつかはその端を捉えることができるだろう。どうせ、先は長いのだ。

 自分と彼女の付き合いが、ずっと続くことを周文林は確信していた。そしてそのことに、自分でも意外なくらい心が浮き立つのを感じた。

 ……酒のせいということにしておこう。

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