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ある皇后の一生  作者: 雪花菜
二章 ある少年
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16

「でもまあ、こういうのもなんだけど、今回の戦はマシな結果だったと思う」

 不意に関小玉が表情を引き締めた。


「命令無視したわりに処罰受けなかったし……なにより、被害をかなり小規模に抑えられた」

「そうっすね、人が死ぬのが少ない。それが一番ですよ」

 大皿を自分の前に引き寄せ、鯉の煮付けをもりもりと食べている黄復卿が同調する。戦自体がなければ誰も死なないのだが、それは言わずもがなのこと。


「あと……あたしはあたしで、自分の課題見つけたし」

「課題?」

 誰かが疑問の声を上げた。

「ちょっと……今回、自分の限界を感じたとこがあって……こういうのなんていうのかな、言葉の種類? 使える言葉の多さ?」

「ああ、『語彙』か?」

 ぴんと来た周文林が言い直すと、関小玉は、「そう、それ」とうなずいた。

「それも含めて、勉強が足りないってこと、あらためて思ったのよ。こう……自分の中では、敵がどう動いているのか、自分たちがどう動けば撃退できるのかがなんとなくわかるの。でも、それを……うまく言葉にできない。じゃないな、言葉に出来るんだけど、説得力を持った言葉にできない。これまで、騙し騙しやってきたけど、さすがに校尉級の指揮官だと、それじゃ駄目なのよ」

「そうかな?」

「そうよ。あたしは今回の突撃の時、『あそこに突っ込む』ってことしか言わなかった。それは、詳しく説明する時間が無かったからだけど、それ以上に詳しく説明するだけの……ええと、語彙か。それを持ってなかったから。それだと、いつか説明を求められた時に、うまく答えられないし、そんな態度だと、不安を持つ部下が必ず出てくる。そんなのは駄目よ」


 周文林は、ふと思い出した。関小玉の命令による突撃の時の、なにがなんだかわからない不安。そして、関小玉のせいで死ぬのではないかという怒り。


「それに、軍議のときも、上に対してうまく意見を言えるようになりたいのよ。今回、それが出来てたら、作戦を変更できて、被害ももうちょっと抑えられたんじゃないかと思うんだよね……」

「いや、無理じゃないすか?」

 沈んだ表情を作った関小玉に、黄復卿がずけずけと言った。

「今回前線指揮してたのは、あんたのことあまりよく思ってないじいさんだったから、あんたがどんだけ心に響く名演説したとしても、作戦変えなかったと思いますよ」

「いやまあ、そうなんだけどさあ!」

 身も蓋もないが、もしかして黄復卿は関小玉のことを慰めているのかもしれないと、周文林は思った。

「まあ、今後はあたしの意見を聞いてくれる人の下につける可能性だってある訳だし……要するに、指揮する人間は、脳みそが筋肉だけじゃダメってことを自覚したってことです。なもんで、関小玉は、勉強しようと思います!」

「どうやって?」

 周文林は、力強く宣言した関小玉にすかさず突っ込んだ。すると、関小玉は思案顔になった。

「そこが問題なんだよね。これまでも、うちの宿舎で読み書きできる人つかまえて、ちょこちょこやってたんだけど、なんかいまいち……効率が悪くって」

「俺が教えようか?」

 反射的に言ったのは、死にそうになったことを関小玉のせいにしようとした事に対する後ろめたさによるものだったが、言ったあとで我ながら良い考えだと思った。だが、

「えー駄目」


 即答かよ。


「なぜだ」

 カチンときた周文林だったが、関小玉は真顔で答えた。

「だってさ、あんた外通いの人間で、あたし宿舎暮らしってことは、顔合わせるのほとんど職場だけでしょ。勤務時間中で個人的な勉強とか、しかも部下を使うのとかはダメ絶対」

「……そうだな」

 意外にまっとうな意見だった。どうしよっかなーと悩む風情の関小玉に助け船を出したのは、張泰だった。

「公的なものにしてしまえば良いんじゃないですか?」

「どういうこと?」

 きょとんとする関小玉。

「上に、勤務中に勉強する時間くださいってお願いすればいいんですよ」

「あんたそれは……」

「これまでも、有能な指揮官育成のために、学のない人に勉強する時間を与えるということはありましたし」 

「あ、そうなの?」

「まあ、文林さんが教える役になるかどうかまでは確証できませんが、どのみち教師をつけることは可能だと思います」

「それはいいよ。別に文林じゃないと駄目ってもんじゃないから」

「その通りだが、なんだかその言い方腹立つな」

「あはは、ごめん」

 関小玉は、周文林に軽く謝った。

「じゃあ、明日あたり……王将軍じゃなくて、ええと米中郎将あたりに申請の仕方聞いてくるわ」

「ああ、米中郎将だったら、確実ですね」

 張泰が妙にしみじみと頷いた。過去に何があったのやら。



「しっかし、こういう展開になったってことは、今回階級上がらなくて良かったんじゃないっすか」

 黄復卿が、骨だけになった鯉が乗っている皿を横にどかしながら、言った。

「ああ、上がってたら忙しくなって、勉強する時間取るのに苦労しそうだよね……ところであんた、一人で食べ過ぎじゃないか」

 張明慧が、半目で黄復卿と皿を見つめた。

「すんません、うまかったもんで。もう一皿頼みますよ」

 頭を掻きながら立ち上がろうとする黄復卿を、こちらも半目になった関小玉が止める。

「待てコラ、なに自然に追加注文しようとしてんの。今回の支払い、誰持ちだと思ってる」

 黄復卿は、輝かんばかりの笑顔を浮かべた。

「ごちそうになります」

 だが、次の関小玉の言葉に、表情を一変させた。

「追加分は自分で払え」

「ええ〜ケチぃ」


 あ、気持ち悪い。


 唇をとがらせ、身をくねらせる黄復卿を見て、周文林は思った。気持ち悪いとしか言いようがない状態であるため、そう思ったことに、なんの申し訳なさも感じなかった。

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