表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある皇后の一生  作者: 雪花菜
二章 ある少年
34/86

15

 張明慧と、敵将との戦いはますます苛烈さを帯びていく。双方一歩も引かず、完全に互角の戦いだった。そのような膠着状態に、関小玉が一石を投じた。

「明慧、そろそろ終わらせよう!」

「おお!」

 返答とも雄叫びともつかぬ声を上げ、張明慧はひときわ激しい突きを繰り出した。それをかろうじて受け止めた敵将の顔に、軽い焦燥の色が浮かんだ。

 彼は、微かに逡巡したように見えた。だが、その隙をついて張明慧が再び攻撃する前に、敵将は素早く体勢を立て直して身を引くと、号令をかけた。それは、退却を呼びかけるものだった。


「追うんじゃない!」


 関小玉は、周文林に向けて叫んだ。思わず不満の声を上げると、彼女は釘を刺した。

「深追いは厳禁。これ常識ね」

 周文林の眉間にしわがよる。それを見とがめた関小玉は、やや刺々しさを帯びた声で、

「いや、死にたいなら止めないけど……」

 と、いいかけたところではたと考え込んだ。

「あ、ううん。やっぱ止めるわ、うん」

「どっちだよ」

 止めるのは当たり前だが、一体何なんだ今の間は。

 気づくと、敵影は遙かに遠かった。


「いや、すまないね。取り逃がしたよ」

 張明慧が、武器を肩に担いで周文林たちの元へ戻ってくる。顔にはびっしりと汗が浮き、息も荒い。

「謝るこたないわよ、あんたで無理なら、うちの連中の誰にも無理。それに……」

 関小玉は、ぐるりと辺りを見回した。

「……一番の目的は果たせたんだし」

 周文林も、つられて辺りを見回す。いつの間にか、全体の形勢は自軍が圧倒的有利となっていた。

「うちの軍の勝ちよ」

 その声に、関小玉の方を向くと、彼女はふっと口の端をつり上げてみせた。




「いやもう、すごかったぜ!いきなり、どっかの隊が前にズズッって出たと思ったら、敵がバラバラーッて散って……。あれ、なんていうんだ?ええと、何とかを散らす……いいや、手に持ったアズキを地面にぶちまけたみたいな感じでな、あとはもう、片っ端からバシバシやっつけるだけになったんだ!」

 ……語彙が貧相氏(仮名)の証言


「今回の戦いは、関校尉に対する評価を変えるだろう。これまでの関校尉に対する評価は、武勇に対するものが極めて大きかった。(中略)、彼女は自分の隊を突出させた。それは、各個撃破の良い獲物であるにもかかわらず、そうはならず、(中略)。軍隊には結節点というものがあり、それを突くことで散らすことができる。今回、関校尉はそれを成し遂げた訳であるが、それが容易いことではないのは、言うまでもない。しかし、今回の場合は (中略)。とはいうものの、今後、彼女は用兵家としての名を高めていくであろう。我々はその一歩を目にする機会を得たわけで、そのような意味では、記念すべき……」

 ……もっと簡潔によろしく氏(仮名)の証言


「ああ、すごかったな。うまく、敵の隙をついて、軍隊を解体する……しかも、自分の隊の統率もしっかりととれていた。あれは、見事だったよ、うん。関校尉のことは、多少イロモノみたいに思っていたし、そう思っていた奴は他にもいただろうけど、今後はそういう見方は変わるだろうね、劇的に」

 ……一番わかりやすい証言氏(仮名)の証言


 などという評価を受けた関小玉。彼女は、今回も階級を上げるだろうと、大抵の人間は思っていた。そしてその通りに……。



「なんでならないんだ……」

 周文林は愕然と呟いた。


「あたしとしては、これ以上面倒ごと増えなくて嬉しいけど」

 周文林のその言葉に、関小玉は、真顔で言った。

「命令違反ぎりぎりだったからねえ」

 張明慧以下他の同僚については、肩をすくめて苦笑している。


 今回の出征では、勝利の立役者となった関小玉であるが、論功行賞で一切評価されなかった。一応それらしい理由はある。

 関小玉とその部下達に与えられた命令は、「敵の攻勢を食い止めろ」というものであり、「敵に突撃せよ」というものではなかった。また、隊を突出させたことで、防備が一部薄くなり、その分味方を危機にさらしたというものだ。


「だが! 戦況を一変させたのは確かだろう!」

 まあ、その一言に尽きるのだが。

 張泰がまじめくさった顔で言った。

「上の皆さんが、小玉に少し危機感を抱いたのかもしれませんね。あまり劇的に出世されると、自分たちの立場を崩しかねない訳ですし」

「じゃあ、もしかしたら命令違反を口実に、処罰されてたかもしれないかな」

 王将軍が頑張ってくれたのかもとつぶやき、関小玉は酒をあおった。現在、関小玉主催の「いろいろとお疲れ様会」による集まりの最中である。

 今彼らがいるのは、帝都にある小料理屋である。なんでも、関小玉の友人の夫が経営しているとかで、おかげで個室に通された。人目がないからこそ、上に対する文句も堂々と言えるというものである。

「目に見える実績があったなら別だったかもしれないね。敵将の首とか……」

「いやあその場合、上の連中、明慧さんだけ出世させて、うちの人間関係にヒビいれようとするだけですよ」

「それもそうか」

 首を取り損ねたことが今でも悔しいらしい張明慧に、隣に座る同僚がその肩をぽんぽん叩いて慰めらしき言葉を発する。

「あたしは、それはそれで一向にかまわないんだけど。ていうか明慧、功績の割に出世遅いと思うんだ」

「あたしは今の状態が一番居心地いいんだよ。小玉みたいに若い内に異様に出世しまくって苦労するより」

 はっはっはと笑う明慧。

「うーわー……。今の……ちょっと来たわ……」

 関小玉ががっくりと肩を落とす。一見脳天気に過ごしているような彼女も、それなりに苦労しているらしい。


 いや、苦労していないわけがない。


 周文林は自らの思考にはっとした。自分は、関小玉の表層だけを見て、その評価を下しているということを、改めて自覚したのだ。関小玉の態度に気を取られるあまり、彼女の長所を見なかったことにしていたのは、自分の了見の狭さの表れだ。

 今回、関小玉が打ち立てた武功が、周文林にそのことを気づかせた。

 周文林はひそかに自らを恥じた。今後、彼女に対する態度を改めようと思った。まあ、勤務態度については、今後もガンガン苦言を呈するつもりである。

 それはそれ、これはこれというやつである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ