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関小玉は、強い。そのことは周文林も認める。
だが、際だって強いわけではない。あまり大柄ではないためか、斬撃にあまり重みがない。速さはあるが、取り柄というほどのものではない。
比べるならば、彼女と共に戦っている張明慧の方が、遙かに強い。まるで鬼神のように敵をなぎ倒していく。
ただ、関小玉は見ていて危なっかしさのない戦い方をする。
相手の力量と隙を的確に見極め、それに応じた動きをするからだろう。言うなれば、引き際がいいのである。
……ということを、周文林が冷静に分析するのはかなり後のことである。
現在の周文林は、ただひたすらに関小玉の後を追いながら、自分に降りかかる火の粉を払うことしか出来ていなかった。
最前線で戦うということは、周文林が想像していたよりも壮絶であった。昨日経験したことが生やさしく思えるような状態。視界の端で、見知った相手が殺されていく。
関小玉を中心に戦況が目まぐるしく変わる。
夕べの黄復卿の予言らしきものは、いまのところ成就していない。だが、周文林にしてみれば、現時点ですでに目まぐるしい。関小玉についていくことに気をつけていたおかげでなんとかなっているが、もしそうでなければ今頃は、はぐれていたかもしれない。
黄復卿には感謝すべきだろう。だがそれも、自分が生き残ってからの話だ。
周文林が何人かの敵を倒すと、手に持っていた剣はつかいものにならなくなった。予備の剣に持ち替えるのとほぼ時を同じくして、不意に、関小玉の挙動がおかしくなった。剣を持つ手を下げると馬を止め、きょろきょろと辺りを見回す。
なにをやっている。
周文林はそう叫ぼうとした。
無防備になった彼女に歩兵が斬りかかろうとする。そののど元に矛が突き刺さった。張明慧が放ったものだ。歩兵は首から血しぶきを噴き出しながら、仰向けに倒れる。
張明慧は腰元の剣を抜き、関小玉のすぐ近くに馬を寄せる。周文林は、張明慧が怒鳴りつけるだろうと思っていた。
「ごめん、さすがに気を散らしすぎてた」
「いいさ」
しかし、二人のやりとりは実にあっさりとしたものだった。それからの関小玉は、さすがに剣を振るうことをやめたりはしなかったが、動きに精彩がない。戦うこと以外に気を取られている様子だった。
張明慧を含む側近たちは、そんな彼女に不平をいわずその周囲を固めている。
なぜ? などと悠長に問いかけることができるような状態ではなく、周文林もそれに加わった。
そんな状態がどれほど続いただろうか。実際は短い時間だったのだろうが、周文林には長く感じられた。
その状況を打破したのは、関小玉の一言だった。
「よし!」
なにがだ。
関小玉は、前方のある部分をびしっと指さした。
「これから、全員であそこに突撃するから!」
周文林にはそれが自殺行為としか思えなかった。
「やめ……!」
止めようとする声は、
「よし分かった!」
「行くぞ!」
他の人間のやる気満々な声でかき消された。愕然とする周文林をよそに、後ろに指示を飛ばし、隊列を整える。その間にも敵の攻撃は続く。周文林は槍を目の前に突き出されたところで我に返った。そう、動揺している暇などないのだ。槍を剣で払いながら、一瞬考えた。
どうする?
関小玉の命令は無茶に思えた。しかし、周囲がごく当然のように命令を受け入れているという事実。そして、昨日の黄復卿の言葉。
だが、仮にここで離脱しても、待っているのは何人もの敵に囲まれたなぶり殺しである。考えがどうまとまったところで、「関小玉についていく」以外の道はなかった。
「じゃあ、行こう!」
突進する関小玉に、周文林は舌打ちして自らも馬を駆った。
今の周文林の心境を一言で言い表すならば、それは「やけくそ」以外にない。
馬鹿だろ馬鹿だろ馬鹿だろ!
頭の中に罵声が渦巻く。それが、自分に対するものなのか、上官に対するものなのかわからない。心のかなりの部分で死を覚悟した。
敵の集団の中に突っ込んで行く訳だから、受ける攻撃はこれまでの比ではない。剣と槍の群れに身を投げ出すようなものだ。もう周文林は、攻撃とか反撃とかいうことばを忘れることにした。剣を振るえば、自動的に敵の剣とか槍に当たるような有様で、防御以外の行動が出来るわけがない。
だが、この状況がいつまでも保つ訳がない。既に体は相当疲れている。動きだって鈍ってきていることを、周文林は自覚していた。
死にたくなかった。今死んだら、何もかもが無駄になる。だが、このままでは確実に死ぬ。
関小玉のせいで。
そう思った時だった。急に、敵の攻勢がゆるんだ。気のせいかとも思ったが、確かにそうだ。
見れば、敵兵が明らかに浮き足立っている。一体何が起こったのかまるで分からないながらも、周文林は近くにいた敵を切り倒した。そして、この状況の答えを求めて、関小玉を見た。
関小玉は周文林に五馬身ほど先行する形で、敵の軍勢の中へどんどん切り込んでいく。まるで敵が彼女をよけて、その通る道を作っているかのようだ。
関小玉は、手に持っていた槍を放り投げ、流れるような動きで弓を手に取った。素早く矢をつがえ、狙いをつける。さっき彼女が手放した槍は、前方にいる歩兵に突き刺さったが、それには目もくれない。
彼女の矢が狙う先を見て、周文林は息をのんだ。敵兵の集団の中にいる、豪奢な甲冑を身につけた者。高位の武官だ。
射た。
矢はまっすぐに飛んで、相手に当たったが、甲冑にはじかれた。おそらく、敵将には傷一つついていまい。
「あっ、くそっ」
という、関小玉の声を聞いたような気がしたが、自分の心の声だったかもしれない。見ている方も悔しかった。
自分たちの接近に気づいた敵将とその取り巻きがこちらに向かっている。関小玉は、再び矢をつがえた。周文林を含む部下たちも弓矢を手にした。ひゅんひゅんと風を切る音をあげて、矢が敵将へと向かっていく。大部分は、周囲にいる兵士に当たるか、地面に突き刺ささった。残りの矢は、相手の甲冑と、その手に持つ矛に防がれた。
そうこうしている間に、相手との距離は劇的に縮まってしまった。周文林たちは弓をしまい、剣を手にした。
二つの集団が激突する寸前、周文林は、関小玉の声を聞いた。
「明慧!」
それと同時に、関小玉の馬がわずかに速度を落とし、反対に張明慧の馬が速度を上げた。自然と、張明慧が先行する。彼女は、先ほど皆で矢を射た時もただ一人手放さなかった長柄の武器で、敵将に突きかかった。相手の矛が、張明慧の武器を巻き込むようにして食い止める。
二人が静止した。
次の瞬間、双方武器を引くと、激しい応酬が繰り広げ始めた。目まぐるしく、かつ多彩な攻撃は、まるで自分の武器で可能な動きを全て披露するかのようだ。
出来ることならば、特等席を陣取って眺めていたいような戦いであるが、のんびり鑑賞する暇などなかった。周文林も一応戦っていたので。
付け加えれば、関小玉も、ちゃんと戦っていた。上手に敵を蹴散らしているのだが、いかんせん、直ぐ近くで鬼神のように槍を突きまくっている張明慧がすさまじいので、あまり目立たない。
「そいや!」
などと叫びながら、馬上から敵に蹴りをげしげし入れている姿には、緊張感もない。
普通は……いや、もうなんでもいいな。敵を倒しさえすれば、うん。
周文林も、ようやく関小玉色に染まりつつあった。