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ある皇后の一生  作者: 雪花菜
二章 ある少年
32/86

13

 結論を述べれば、黄復卿の予想は外れた。

 勢い込んで関小玉の元に向かった周文林だったが、相手はお取り込み中だった。


「だから……今の所は無理でしょう、それは」

「そこをなんとかするのが、そちらのお仕事でしょ」

 険悪な雰囲気は漂っていないが、なにやら真剣に話し合っている。相手は40代半ばのやせ気味の女性。面識のある相手だった。王蘭英おうらんえいという名前。関小玉の次くらいに階級が高いはずだ。つまり、女性としては、相当に高位の武官である。

「なんともなりません。……あら、なにか用かしら」


 王蘭英が文林に気づき、声をかけてきた。

「え? ああ、文林」

 周文林に背を向けていた関小玉が、振り返り、話しかけてくる。

「もう、具合は大丈夫なの?」

「あらまあ、体調崩したの?」

 心配そうに尋ねてくる王蘭英。どう見ても気の良いおばちゃんという風の女性であるが、見た目通りの人間ではない。後方支援関係の仕事だけで実績を重ねて、士官級まで出世した人物だ。

 周文林は戦の準備の際に彼女と何度か話したことがあるが、とても有能な人物であるという印象を受けた。

「ええ、まあ……」

「吐いたんだったら、水飲んどきなさいよ」

「あら、それなら湯冷ましがいいわよ」

 二人が口々に言う。お節介だとは思うが、自分を心配してのことなので反応に困った。


 そんな周文林の顔をやや眺めると、関小玉はふっと笑った。

「まあ、いいわ。文林が戻ってきたから、ここから先は任せる。いい?  蘭英さん」

「ええ、行ってくるといいわ」

「じゃあ文林。あたし、明日の行動指示聞きに行かなきゃならないの」

「あ……わかった」

 答える文林に目を向けず、関小玉は立ち去った。やや速めの足取りから、彼女が急いでいることが伺えた。

「それで、小玉とさっきまで話していたことなんだけど……」

「ええ、なんでしょうか」

 王蘭英の言葉に、文林は意識を切り替えた。




「ごはん、残ってる?」

 同僚たちと火を囲みながら汁物をすすっていた周文林は、器から顔を上げた。関小玉の姿があった。

「残ってるぞ。今用意させる」

 立ち上がろうとする黄復卿に、関小玉は頭を振った。

「いいよ、自分で取りに行く」

「お前さん、なに言ってんの。仮にもこの部隊の指揮官さまがのこのこ行ったら、あちらさん落ち着かねえだろ」

「ああ、そっか……そうね」

 そういえばそうだった、というような感じで、関小玉は額に手を当てた。

「ほら、座ってろよ」

 黄復卿が、立ち上がりながら言った。

「そうするわ……。明慧、ちょっとそっち寄って」

「ああ」

 よっこらせというかけ声とともに、関小玉は張明慧の隣に腰掛けた。そして、ふいーと深いため息をつく。

「なんか無理難題ふっかけられたのかい」

「それもあるんだけどね……」

「他にもあるのか」

「うん、ちょっと……。こっちの方は言葉だと説明しにくい」

「おやまあ」

「まあ、無理難題の方は、食べながら説明するよ」

「わかった」


 二人の話が途切れたのを見計らって、周文林は声をかけた。

「小玉」

「なに?」

 彼女が自分の方を向いたのを確かめて、周文林は頭を下げた。

「その……先ほどの件だが、すまなかった」

「えっ、あんたなにかした?」

「いや、さっき、俺がやる仕事を代わってもらっただろう」


 先ほど、文句をつけようとした気分は消え失せていた。関小玉から引き継ぐ形で、王蘭英と話していたのだが、ほどなくして気づいたのだ。それは本来自分がやるべき仕事だということを。

 その事実は、周文林を少なからず反省させた。自分は結局、意地を張って体調不良を長引かせたあげく、上官の仕事を増やしていたということになるのだ。


 周文林の言葉に、関小玉は目をぱちくりさせた。そんなことを言われるとは、まるで想像していなかったようだった。

「怒られるかと思ってた」

「なんでだ」

「いやね、ほら……『俺の仕事奪ったー』みたいな」

「おまえの中で俺は、どれだけひねくれてるんだ」

「あはは。でもまあ、いいのよ。あんた具合悪かったんだし、蘭英さんは知らない相手じゃないし」

「そうなのか?」

 そういえばやけに親しげだとは思っていたが、人見知りという言葉と無縁な関小玉と、いい年をしたおばちゃんとの組み合わせならば、ああいうものだろうと思っていた。

「うん。初陣の時からのつき合い」

 その言葉に、意外なほど驚きを感じた。彼女にもそんな時期があったのだ。知識の上では、関小玉の経歴は全て頭に入っている。当然初陣が何年前のことだったかも知っているのはずなのに、これまでそんなことを意識していなかった。

 初陣の時の関小玉は、どんな風だったのだろう。それを聞きたいと思った。だが、ここで黄復卿が戻ってきたため、関小玉の話は切り替わり、「無理難題」とやらについてのこととなった。



 周文林の前にいる士官が顔をしかめた。

「きついな、それ……」

「うん、きつい」

 関小玉がうなずいた。その隣にいる張明慧は暗い顔をしている。多分自分も同じ顔をしているだろうと、周文林は思った。


 明日、関小玉が率いる部隊は、前線の方に回される。


「今日、前の方で戦った部隊の損害がかなり大きかったから、こうなるんじゃないかとは思ってたんだけどね……」

 関小玉は、山椒がたっぷり入った汁物に手をつけようとせず、持った器をじっと眺めている。

 関小玉の率いる部隊は、驚くほど戦死者が少なかった。張明慧による血尿が出るような訓練のたまものであることは間違いないが、関小玉の指揮というのも相当大きい。自分のことで手一杯だった周文林でさえ、そのことがわかったくらいだ。

 それがこのような事態を招いたのだが、少なくともそれは関小玉のせいではないだろう。被害を極力抑えた彼女に責められるいわれはない。それはわかる。


「明日は、何人生き残ってくれるかなあ……」


 関小玉がぽつりと呟いた。

 赤々と燃えさかる炎を囲みながらも、周文林の心境は炎ほど明るくはなかった。

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