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ある皇后の一生  作者: 雪花菜
二章 ある少年
31/86

12

 あー俺、なんでこんな説教してるんだろ。


 黄復卿は心底不思議だった。本来、彼はこんな風に後進を教え導くような人間ではなかったはずだ。

 目の前にいる少年は、そのどこか背徳的な美貌とは相反するような、強気なまなざしを向けてくる。なるほど、その鼻っ柱を叩き折って屈服させたいという男は確かにいるだろうなと黄復卿は妙に納得した。

 もっとも、納得はするが、やりたいとは思わない。黄復卿は実は徹底した女好きだった。

 もし男もいけるならもっと幅広く遊べると思って、美少年相手に試してみても駄目だったのだから、確実である。

 

 まあ、仮に男が大丈夫だったとしても、真っ青から緑色に移行しかけた顔色の奴はごめんこうむりたい。


「だが、皆、平気で……」

「当ったり前だろ。仮にも戦場行くことウン十回の人間が、今更吐いてたらそっちの方が問題だろ。てか、俺だって、初陣の時はゲロ吐いたし、失禁したぜ」

 ついでにいえば、脱糞もしそうになったが、これは言わないでおく。


「小玉も……」

「あのお人だって、あれでもいろんな激戦くぐり抜けて、しかもきっちり功績上げてる女傑だぜ?」

「……」

 周文林はむっつりと黙りこくった。対抗意識が芽生えているらしい。黄復卿はため息をついた。気持ちはわからんでもないが。

「今のお前じゃ、対抗するだけ無駄だよ。小玉は、血反吐吐いてのたうち回って今の地位にいるんだ。お前が苦労してねえとは言わねえが、この分野のことに関しては、お前じゃまず、経験が足りねえ。同じ土俵に経つにはな」

「吐くのも経験のうちだと?」

 周文林がケンカを売るように笑ったが、黄復卿はかるくいなした。

「俺はそう思ってるぜ」

 周文林の表情は、その言葉に余計頑なになった。なんだか面倒くさくなってきたが、放置する訳にもいかなかった。


 なぜなら、

「小玉がさ……俺に行けって言ったのよ」

 これ言っちゃっていいかなーとか思いながら、黄復卿は口を開いた。


「え?」

 黄復卿は周文林の顔を見ず、一気に言った。

「いやさ、『初陣で吐くの我慢できるほど落ち着いてるのはすごいけど、吐き気に気を取られている間に隙を突かれて強姦されでもして、動揺のあまり使い物にならなくなったら困るからあんた様子見ててくれない』って」

 言い終わり、返事を待ったが相手からはなんの言葉も発せられなかった。黄復卿が横目で周文林を見ると、うつむきながら身を震わせている。


 長い沈黙のあと、周文林からおどろおどろしい声が聞こえた。

「……あのアマ」

 黄復卿はすかさず桶を差し出す。


 周文林は、それを奪うようにして受け取ると、物陰で吐き始めた。

 背後から聞こえてくる形容しがたい音を耳にしながら、黄復卿は空を仰いだ。星がきれいだった。

 やがて、だいぶ顔色の良くなった周文林が口元をぬぐいながら、人のいる方……まあつまりは、関小玉のいる方へ憤然と向かう姿を見て、黄復卿は思った。


 大成功。


 怒りは時になによりの力になる。

 今頃、激しく苦言を呈しているであろう周文林を思い、さりげに上官を人身御供に差し出した黄復卿は、よっこらせと立ち上がった。

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