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ある皇后の一生  作者: 雪花菜
二章 ある少年
29/86

10

 今日は仕事とは別のところで疲れた。周文林は首を回しながらため息をついた。ごきっと固い音が響く。これは相当凝っている。


 さっさと帰ろう。そう思って、馬の足を速めた。


 宮城からさほど遠くない所に周文林の家はある。つまりは一等地である。とはいっても、周文林の家は貴族だとか高官だとかいうわけではない。いわゆる商人というやつだ。ただし、かなりの豪商だった。

「お帰りなさいませ、坊ちゃま」

 門番に頭を下げられながら家の敷地に足を踏み入れると、すかさず人が集まってくる。周文林は馬からひらりと降り、手綱を手渡した。屋敷に入ると、家令がうやうやしく頭を下げながら呼びかけてきた。

「坊ちゃま……」

 周文林はうんざりとした表情を顔に浮かべた。

「お祖母様がお呼びなら、忙しいと伝えてくれ」

 出征することが決まって以来、事あるごとに呼びつけて行くなと言ってくる祖母に、周文林はうんざりしていた。

 職業軍人にそんなことが出来る訳がないだろう。

 今日も祖母からの呼び出しだと思っていた周文林だったが、家令の言葉は予想に反したものだった。


「……いえ、大旦那さまがお呼びでございます」

「なに?」

 周文林は家令を一瞥した。


「……そうか、今日お戻りになる予定だったな」

「はい」

 周文林の祖父は商談のため長く家を留守にすることが多い。

「わかった。すぐ行く」

 その言葉に、家令は再び恭しく頭を下げた。




「戦に行くと聞いた」

「そうですか」

 そのやりとりの後は言葉が続かず、周文林とその祖父の間に沈黙が寝そべる。

 ややあって、その状況を壊したのは祖父の方だった。

「文林。お前は……」

「なんでしょうか」

 周文林の問いかけに、祖父は目を伏せてため息をついた。

「お前は、なぜ、軍人になった」

 今更というべき言葉だった。

「それは、もっと早くにお聞きになるべきでしたね」

「わかっている……」

 苦悩の色をその顔に滲ませる祖父を、周文林は無表情を保ったまま見つめた。

「お前がなにを望んでいるのかが、私にはわからない」

 再びの沈黙のあと、祖父は呟くように言った。

「簡単なことです。私の望みは、自分が食い物にされないための力を身につけることです」

 それは、周文林が自分の出自を知った時から抱く願いだ。

「私の跡を継ぐことでは、それは成せないのか」

「……成せません」

 理由を述べようとして、周文林はやめた。おそらく、祖父を打ちのめすであろう言葉だったからだ。

「お話は以上でしょうか」

「ああ」

「それでは失礼いたします」

 周文林はそう言うと、祖父の部屋から退出した。胸にもやもやとした思いがわだかまる。


 周文林は祖父も祖母も嫌いではなかった。だが、好きと言い切れないくらいには、二人との関係は複雑なものだった。祖父母の方もそうだろう。だからこそ、会話にはつねにぎくしゃくしたものが漂う。

 これは、原因を取り除かない限りどうしようもないことだ。だが、それは時を駆けない限り不可能なことだった。

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