表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある皇后の一生  作者: 雪花菜
二章 ある少年
27/86

 階級が上がって、昨日まで親しく話していた人間に急に冷淡にされたり、昨日まで邪険だった人間にすり寄られたり……関小玉はそういう経験を腐るほどしてきた。

 例えば、今目の前で自分にイヤミを言っている同輩。彼は以前、自分の上官だった。とても面倒見が良く、気持ちの良い人間だった。


 それがまあ、

「……しかしこれは、貴官のような者にはわからんだろうがね」

 関小玉がズンドコ出世したら、こうだ。


「はあ」

 関小玉は間の抜けた声で返事をした。馬鹿にされたと思ったのか、相手はフンと鼻を鳴らすと、関小玉をにらみつけて去っていった。別に馬鹿にしていないが、他にどう返事せよという。

 「なるほどー」か? 「そーですか」か?

 あいにく、どうでもいいことに対して返事をひねるほど、関小玉の頭の容量は大きくない。性能は言うに及ばない。たった今終えたばかりの軍議の内容を頭に定着させるので、ただでさえ頭を働かせているというのに。

 自分のかつての部下のそのまた部下のそのまた……にどんどん出世されて、今にも追い越されそうになっているという事実に焦りを覚えている者に対し、多少の落胆以外の感情を覚えない。怒りも悲しみも同情も。

 別に寛大さを気取っている訳ではない。最初は悲しかったし悔しかった。だが、ある時ふと思ったのだ。

 仮に自分に階級を抜かされて喜ぶ人間がいたら、自分はどう思うだろうかと。


 例えばこんな感じ。

「いやあ、これで仕事楽になるよ。いや、楽になりますね。あ、これとこれとこれの仕事のやり方はこんな感じです。頑張ってくださいね」

 やっほう、と出て行く後ろ姿。


 ………うん。

 どうしてだろう。想像だけでもイヤミ言われるより腹立つ。というか、王敏之あたりがすごくやりそうで困る。

 そういう訳で、関小玉はイヤミを適当に聞き流せるようになった。大人になるってこういうことだと思う。



「関校尉」

 呼びかけられ、振り向く。イヤミ第2弾かと思ったが。

「っと、しょう校尉」

「今のはいけないよ。関校尉」

「なにが?」

「そこは、唇を噛みしめて屈辱に耐える振りでもすれば相手の溜飲が下がるところなのに」

 関小玉は軽く笑った。

「そこまでするほど、付き合い良くないんで」

「まあ、私もそうだけど」

 ハハと相手……簫自実しょうじじつもさわやかに笑う。顔立ちは美男子とは言い難いが、普段から身にまとうさわやかさによって3割増くらい男前に見える得な人間だ。しかも、軍関係ではかなりの名門の出。あと、関小玉と同年代の、いわゆる適齢期。下世話な言い方をすれば「好物件」である。


 人様の旦那でなければの話。


 まあ、仮に既婚者でなかったとしても、関小玉は簫自実に対して色目を使おうなどとは思わなかっただろう。

 軍内での恋愛については、初恋を初めとして色々な目にあっている。もういい加減懲りるべきだろう。そもそも、簫自実の性格もけっこうアレなことだし。

「でも、関校尉には人間関係についても気をつけてほしいな。だって、自分の上官にはうまく立ち回って欲しいだろう?」

「あーそーですか」

 関小玉は適当に相づちをうつ。また始まったよと思いながら。


 一応述べておくが、関小玉は簫自実の上官ではない。逆の立場だったことはあるが、現時点では同輩である。それなのになぜ上官云々という言葉が出るのかというと、簫自実曰く、「楽をしたいから」。

 簫自実はいわゆる名門の出だが、本人は軍人になりたくなかった。死ぬのは嫌だからというまっとうといえばまっとうな理由からだ。

 しかし、父は許さなかった。軍に入らなければ殺すと言われ、簫自実は渋々軍人になったのだという。現在も渋々軍人をやっていることを隠そうともしない。それなのにけっこう優秀だったりする。

 関小玉と同年代で同じ地位というと出世が遅いように思えるかもしれないが、それは単に関小玉が異例すぎるだけだ。簫自実は、一般的に見れば相当な出世株なのだ。

 おかげで、彼もまた上の連中に嫌われていたりする。


 まあ、関小玉よりマシだが。

 ……というか、関小玉が憎しみを一身に受けるようになったおかげで、こっちは大分楽になったよハハハとか言っている。


 そんな死にたがらなさ屋(という表現がアリなのかどうかは知らん)だが、簫自実は下の者にはけっこう人気があった。

 簫自実は死にたくない死にたくないと常に言っているが、誰かを盾にして生き延びるとか、部下を置き去りにして逃げるというような真似は絶対にしない。それは別に、いつもの発言が嘘だという訳ではなく、そんなことをする奴は長い目で見れば必ず死ぬからしないだけだ。

 だが、口当たりの良いことを良いながらいざという時に逃げ出すような人間よりはるかにマシだし、死にたくないから的確な指揮をするし、死にたくないから軍の秩序を守る。

 結果、彼の下は大変居心地が良かった。経験者・関小玉は語る。正直すぎるところも好感が持てた。


 だが、

「私はね、死にたくないから軍人になったし、軍人として死にたくもない。で、死なないためには、優秀な上官の下につくのは一番だ。楽もできるし」

 という訳で、がんばって出世して。将来君の配下になるから。

 そう言われて肩を叩かれたのはいつのことだったか。2、3年くらい前の出征の際に、たまたま彼の下で戦った時のことだったように思う。当時は単なる冗談だと思ってアハハそうしますよーとか答えていたが、最近、本当にそうなりそうで怖い。



 しかし、関小玉の階級が上になった場合、彼は絶対に自分の部下になろうとするはずだ。今のところ「やりそう」程度でとどまっている王敏之よりタチが悪い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ