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ある皇后の一生  作者: 雪花菜
二章 ある少年
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 出世なんかするもんじゃない。とくに、年不相応な出世はクソだ。


 関小玉は、腰にある剣の柄を手放した。がちゃり、とつば鳴りがして、腰に軽く重みがかかった。あまり心配はしていなかったが、剣を抜かずにすんだことに、軽くほっとする。街中で抜刀すると、後で色々とうるさい。


「では、小官がこいつ連れていきます」

「悪いね。戻らせちゃって」

「いえ」

 部下が笑いかけると、関小玉も部下と同質の笑みを浮かべる。すなわち苦笑。


 揃って、苦笑の原因を見る。縄でぐるぐる巻きにされて、連行されていくごろつきを。なにやらわめいているが、それをじっくり聞いてやろうと思う奴は、ここにはいない。別の部下が、口をはさむ。

「最後の最後で、仕事増やしてくれましたねえ」

「引き渡さないで、そこら辺転がしときたいんだけどね……こいつら、その程度じゃ、頭冷えないだろうし」

「はは、それもそうですね」

 

 犯罪者の捕り物は、本来関小玉の属する武威衛の領分ではない。だというのになぜ、関小玉がそれをやっているのか。ぶっちゃけていえば、それは皇帝のせいである。


 宮中と都の治安維持のために動くのは、金吾衛きんごえいという衛(軍の単位)が行うものだ。

 その職務上、城下のみなさんたちと接触する機会の多い職場であるためか、制服が格好良くなおかつ見栄えのいい連中がそろっている。軍人を志す少年達のひそかな憧れだったりする。

 ついでに、女性との出会いが多いことから、現役軍人(男)にとっても、あからさまな憧れの職場である。

 そんな金吾衛なのだが、治安維持以外にも重要な役目を一つ持っている。それは、皇帝が遠くにでかけるときは、その先駆さきがけや殿しんがりを務めることである。



 ほんの一月前、皇帝はいきなり皇后の出身地への行幸ぎょうこうを決めた。それもかなり大規模なものを。

 当代の皇帝は、とかく思いつきで行動する人である。そして、待つことができない。最高権力者が待てない場合どうなるのかといえば、周囲が急ぐしかない。

 よって、金吾衛の連中の大半は急遽皇帝のお供へと出かけていった。取るものも取りあえずといった形で出て行った彼らは、まことにご愁傷さまである。それについては、関小玉も単純に同情する。


 しかし、皇帝にとっての「周囲」とは宮中全体を指す。すなわち、迷惑を被るのは、金吾衛だけではないということである。


 さて、金吾衛の通常の勤務内容は、宮中と都の治安維持である。宮中の警備については普段から監門衛かんもんえいも行っているためなんとかなるが、問題は帝都の治安の方である。

 金吾衛の人員が激減した間、犯罪者が大人しくしているに違いないと考える阿呆は誰一人いなかった。やりたい放題やるに決まっている。

 したがって、足りない人間が他の衛から動員された。民衆の不安をあおらないために、これも急遽。


 その動員された奴らの中に、関小玉とその率いる部下に白羽の矢が立ったのである。それから今日にいたるまでの日々を、関小玉はあまり思い出したくない。


「もうな、大家たいか(皇帝に対する尊称)のお供させるの、金吾以外のとこにすればいいんじゃないか。この際、うちでもいいんだが」

「そもそも、なんで金吾が陛下のお供なんでしょうか……見た目ですかね」

「そりゃ、見た目だろうな」

「慣例で、昔っから金吾がやってるんだが……最初はやっぱり、見た目で決まったんだと思う」

 各衛から動員された指揮官、および金吾衛居残り部隊の責任者数名。

 階級は違えど、揃って目の下に隈を作ってため息をついたのは、記憶に新しい。


 普段やり慣れていない仕事をやるのはいい。だが、なんの打ち合わせも下準備もなくやらされるのは、ちょっといただけない。

 関小玉のところ以外にもかり出された部隊はいくつもあるが、そんなことがなにかの慰めになる訳ではない。しかも、超過勤務手当などない。

 だが、そんなあまりにもあんまりな日々も、今日で終わりを告げた。ついさっき、皇帝が帝都に帰還したのである。武官は大喜び。城下の民衆も大喜び。


 おかえりなさいませ、大家……のお供の金吾(衛)たち!


 とは誰も言わないが、誰もがそう思っている。ふけーざい、ふけいざい、不敬罪、と幼少の頃から脳裏に焼き付けておけば、余計なことを口に出さない分別もつくというものだ。誰も余計なことで命を落としたくはない。

 不敬罪のなにが嫌って、下手に抗議したところでなにも是正されない上に、こっちの命がなくなるところが嫌だ。




 意気揚々と宮城へと引き上げる関小玉達。金は出ないが、まあ自腹で酒の一杯でも奢ってやろうと関小玉が言ったせいで、部下達の士気ははげしく高揚した。

 そんなところで刃傷沙汰に出くわしたせいで、みんな水を差されてがっかり。心底がっかり。

 だが、見つけたからには、放っておくわけにはいかない。かくてささやかな捕り物が展開され、チンピラはあっけなく御用となったのだった。


「では、小官はこれで」

 チンピラを引きつれ、ついさっきまでいた、そして当分顔を出さなくてもいいはずだった金吾衛の詰め所に引き返す部下数名を、小玉はかすかな憐れみを込めて見送った。


「おし、戻るか」

 部下の姿が見えなくなり、関小玉は目頭をかるく揉みながらきびすを返した。馬に近づき、ひらりとまたがる。

「また途中で、小競り合いに出くわさなきゃいいんですが」

「そう言ってると、本当にそうなるわよ」

 部下に軽口を叩き、馬を走らせる。彼女たちがお約束通り再び足止めをくらったかどうかはさておく。重要なのは、ちゃんと宮城にたどりついたかということだ。



 馬から下り、馬を引きながら門へと向かう。関小玉たちは宮城で勤務するとはいえ、出入りはつねに手続きと身体検査が必要だったりする。

 とはいっても、相手がとくに権高になったり、こちらが身構えたりすることもない。決められたことをもらさず行おうとするだけだから、淡々とした雰囲気が漂う。


 だが、今日はちょっと違った。身体検査をしている女性武官が、手だけは隙なく関小玉の服をあらためながら、声をかけてきた。

「おつかれさまです」

 彼女たち、宮城の出入りを担当する者は、監門衛に属する。読んで字の如く、「門をる」ことを職分とした衛である。十六ある衛のなかでもっとも職務内容がわかりやすい名前と言われるゆえんだ。その職務の性質上、金吾衛と共同で仕事をすることが多く、結果、監門衛も金吾衛と似通った性質を持つにいたった。だが、そのせいで、金吾衛の留守のあおりを、今回もっとも食らった衛である。

「そっちこそおつかれさま」

 小玉も返す。お互い、皇帝の急なお出かけで迷惑をこうむった者同士、ささやかな仲間意識が湧くというものだった。


 宮城の中に入ったからと言って、はいこれで解散ということにはならない。いくら疲労しているとはいえ、まだ勤務時間である以上、仕事はしなくてはならない。

「じゃあ、明慧めいけい。あたしはこれから、べい中郎将に報告に行ってくるからよろしく」

 とくに責任者である関小玉は、元の職務に復帰するために諸々の手続きをしなければならない。階級が上がると、もらえる金は増えるが、やらなくてはならないことも格段に増えるものである。


「関小玉、入ります」

「入れ」

 直属の上官の部屋に入り、小玉はおやと目を軽く見張った。部屋にいるのは2人。関小玉の直接の上官である、米孝先べいこうせんと、その上官である王敏之おうびんし

「おお。元気なさそうだな、関」

「ああ、そりゃもう、将軍のおかげですよ」

 軽口に軽口で返す上官と部下に、米孝先がため息をついた。

「関。お前からもなにか言ってやってくれないか」

「なにをですか?」

「この方は、お立場を考えてくださいといくら言っても自分から出向いてくる」

「すみません。無理ですね」

 と、小玉はにべもなく断った。

「あたしも将軍と似たようなもんですから。人のこと言えません」

「お前も自分の立場を考えろ。もう校尉こういなんだぞ」

 校尉という言葉を聞いて、関小玉は軽く顔をしかめた。校尉と呼ばれることに、関小玉はまだ慣れていなかった。

 校尉の前の旅帥りょすいの時も、その前の隊正たいせいの時もそうだった。それは関小玉がいつまでも初々しいからではなく、階級に馴染む暇がないのだ。出世が速すぎて。

「……今でも思うんですが、それなんかの間違いじゃないですかね」

「間違いであってほしいよ、俺も」

 頭を抱えた米孝先に、王敏之が笑い出した。



 当代の皇帝が即位してから、5年が経っている。

 後に天鳳てんほう帝と呼ばれる彼は、とかく戦争をしたがる皇帝だった。大規模なものから小規模なものから数えて、すでに四肢の指の数では足りない数の派兵が為されている。そんな中、数多くの人間が死に、そして、少数の人間が武功を立てた。

 戦時中というのは、平和な時代よりも出世する機会が多い。大半はその機会をつかみ取らずに死んでいくが、それまで一般の兵卒だった者が、敵将の首を取って出世するという事態はままある。また、戦のたびに高位の武官も誰かしら死んでいく。

 身分を考慮しなければ、階級と年功の序列がほぼ一致していた軍部内の人事は、ここ5年の間で大規模な地殻変動に巻き込まれていた。

 その変動のもっとも大きなうねりの中にいたのが、関小玉だった。従軍するたびに際だった功績を立てた彼女は、あれよあれよという間に階級が上がって、いつのまにか数百人の兵を率いる立場になってしまった。ああ、絵に描いたような出世物語。


 ……。

 もうね、この国末期じゃないかな。


 平民出、しかも女の自分が若干20歳で士官になっている事実に、関小玉は常々そう思う。

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