断る意味も理由もない
ヒロインは妹!
「お帰りなさい。兄様」
「ただいま」
二階、最奥、ぼろアパートの一室。
ここから僕は毎日学校に通っている。
「早くしないとドラマ、始まってしまいますよ」
ちょっとそわそわしながら僕を促す妹。
黒と白。
妹はよく好んで黒い服を着る。たまに買い物につき合わされる僕だが、正直服飾関係には明るくない。けど確か、ゴスロリとかいう服だ。なんかひらひらしてる。つややかな黒髪は今、畳の上に広がっている。痛むからまとめろと言いつけてあるのだが。
対して彼女の肌は白い。絵具なんかとは違い、透き通るような生き生きとした白さだ。
そして世界で一番美しい僕の人形の顔には、一本大きな傷が走っている。
僕がつけた、傷だ。
「兄様、早く」
「わかってるよ」
浅井かずさ。僕の義理の妹。
けなげなことに、彼女は僕が帰ってくるまでテレビの電源もつけずに待っていたようだ。
僕はこのぼろ部屋に不釣り合いな液晶テレビに元電源を入れると、いつもの体勢を取り妹を手招く。
狭い部屋の利点というか、画面の見える位置で腰を下ろし背を壁に預ける、あと足を放りだすように三角座り。
いそいそとやってきて、僕の懐に潜り込んでくるかずさ。
互いの体が密着する体勢。僕とかずさのいつもの体勢、といえばこれだ。
「今日、学校はどうでしたか?」
「…なにも」
「そうですか。兄様は社交性に欠けますから」
「……」
ここは、お前だけは言われたくないとかいった方が会話が続くんだろうか。
しかし、いまさらかづさに何を言われても思うことなんかない。
「それはともかく、兄様?女のにおいがしますよ?」
前言撤回。
どうしてわかった?
別段、蓮杖院とは話しただけで、指先一本触れていないのに。
いや、何もしていないなら別に隠すことないか。
「今日、また告白された」
「…確か蓮杖院ハルナとかいう女でしたっけ」
「そうだよ」
「ふうん」
含みありげにうなずく妹。
「なんだよ?言っとくが何にもしてないぞ」
浅井家にいた時代に通っていた学校。
妹は僕の交友関係をひどく制限してきた、特に女関係。
それこそ、おどしといっていいほど強く。
僕としては、悪評のおかげで友人なんてできるわけなかったからどっちでもよかったんだが。
「そんなことあたりまえです」
拗ねたように軽くにらんでくる。まあ、こういう仕草は年相応だ。
かずさのきれいな髪に顔をうずめる。
「すぅ~~」
「ひゃん!」
なんかいいにおいがする。不思議だ。おんなじジャンプ―を使ってるはずなんだが。
「に、兄様!かがないでください!」
「え、あ、うん…」
「まったく、兄様ときたら…」
あれ?おっかしいな。ちょっと前まではこの程度で騒いだりしなかったのに。
そういえば最近たまに、一人で風呂に入りたがるし。
なにこれ、思春期?
「当分の間、髪をかぐのを禁止します」
「あー、了解」
禁止されたら仕方ない。でも、当分の間ってなんだ?いつからしていいんだ?
一時間足らずでドラマは終わった。
主人公が昔の恋人と今の恋人との間で揺れ動いている話だった。
感想としてはあれだな。
鈍感は罪だな、うん。
女心が分からないとか、男として終わっている。ああはなりたくないものだ。
「そろそろご飯にするけど何か食べたいもの、ある?」
「何でもいいですよ」
「そういうのが一番困るんだが…まあいいか。グラタンでいいな?」
「ええ」
「よしっ」
気合い入れて作るか。
「ねぇ、兄様」
「ん?」
「蓮杖院ハルナには気を付けてくださいね」
「えっと、あのな?あいつとは本当に何も――」
「お願い、しましたからね?」
「……」
お願いされてしまった。
久しぶりの、命令じゃなくてお願い。
この前されたのはいつだったか。
確か、面倒事が起こったんだよな。
こっちとしては複雑な心境だ。
けど――
「ああ、了解した」
――まぁ、断れないことに変わりはない。