隊長
パレードはもうじきクライマックスだ。ナヴィアス大聖堂の中にまでその音はかすかに、そして徐々に大きく響いてくる。この大聖堂を取り仕切るガムザ司教は妙な胸騒ぎを覚える。自身のロゴスに問いかけても、わずかに「不安」と「恐れ」を感じるとしか答えてくれない。ただ、彼も人間である以上知恵を絞りあれこれと考えてみるのであった。
彼は自室で考え込んでいた。気にかかるのは先ほど報告を受けた男のことだと思い当たる。
「その男は何者だろうか。まだ若い、青年だったらしいな。警備の目を盗んで聖堂内に侵入してくるとは、よほどの覚悟があってのことだろう。クロスボウで武装していたらしいから、誰かを殺めんとする者、あるいはその差し金か……。ならば標的は御子様というのが妥当であろうか。いや、あるいは陛下、お妃、という線も捨てきれんか。」
男は巡回中の憲兵に見つかり逃走したのだ。おそらく今頃は捕まっていることだろう、と司教は想像する。しかし、胸騒ぎは収まらない。どうも、状況はもっと複雑な気がしてならないのだ。
「神がおいでになっているのかもしれない。」彼はふとそんなことを思うのであった。
ガムザが礼拝堂に姿を現すと、すでにあらかた準備は整えられていた。白を基調とした壮大な堂内は、装飾で埋められた高い丸天井と、窓を彩る美しいステンドグラスにより、その壮麗さをよりいっそう際立たせていた。
数人の修道士があいさつにやってくる。遅れて一人、5歳くらいの男の子がやってきてガムザに話しかける。
「お久しぶりです、ガムザ様。僕のこと、覚えていますか?」
「もちろんだとも、ヤン・クリダ。大きくなったものだ。いつから修道院に?」
「4月からです。ガムザ様はなかなか人前にお出にならないから、今まであいさつできなかったんです。」
「そうかね、それは申し訳なかったね。私もいろいろと忙しくてね。」
「いいです。今日ちゃんとごあいさつできたので。」
そう言い残して少年は作業に戻って行く。「そう言えば大勢の前に出るのは随分と久しぶりだな。」とガムザは思う。だが、これが胸騒ぎと関係するのかは、よくわからないままであった。
不審者の情報は宰相ウェイのもとにも届いていた。ウェイは警邏隊長ダスティン・カークランドを召還し、現状の把握と今後の対策を練る。ダスティンはまだ若く、24歳で父からその地位を譲り受けて2年目という男だ。周囲からは親の七光りと言う声も聞かれるが、実際には、仕事はできる男である。栗色の髪を短く整え、目鼻立ちのはっきりした顔立ちに意志の強そうな緑色の瞳を持つ。活力にあふれる見た目そのままに、優れた行動力で警邏隊を率いている。
二人は宰相の執務室で向かい合う。ウェイはダスティンの様子をちらり、と確認すると口を開いた。
「警備の配置は正解だったようだな。しかし、聖堂内にまで侵入を許したのは予想外だ。」
「申し訳ありません。不覚を取りました。」
「それはよい、何事にも不測の事態はつきものだ。何より、ことが大きくなる前に不審者を発見できたことは大きかった。
さて、そこで次の一手をうたねばならん。たしか、男はまだ捕まっていないのだろう?」
「はい、現在、第十一分隊の者3名が追跡中との報告を受けております。再度の襲撃に備え、警備は大聖堂を中心に随時増強中です。」
「いいだろう、ではもう少し核心に近い話をしよう。君は、男がいったい誰を狙って侵入したのだと思う?」
「それは、普通に考えればルイ様ということになるでしょう。」
「そうだろう、普通ならな。しかし、私はルイ様が生まれたときから3つの可能性を予想しておった。まずルイ皇子、そしてファビオ様、もう一つはガムザ司教だ。」
「最初2つはわかりますが、ガムザ様はどうして?」
「実は彼はクロード皇子の王位継承を不利にする情報を持っておる。私も存じ上げているが、ここで言うことは出来ない。動機があるのはクロード様に組する何者かだが、標的がガムザ様である場合にはかなり選択肢を絞ることが出来るはずだ。」
「なるほど、了解しました。それで、今の段階ではどうお考えですか?」
「まだわからんが、司教様だろうな。侵入のタイミングからすると男はダミーである可能性が高い。警備の意識を皇子と陛下に集めることによって、ガムザ様に近づく隙をつくろうという魂胆であろう。」
「あの方には常々こちらから護衛をつけておりますが。」
「普段と異なる状況下では、思わぬ隙が生まれるものだよ。彼も標的である可能性を考慮して警備に当たってくれ。」
「了解しました。」
ダスティンが部屋を立ち去ろうとすると、ウェイが慌てて呼び止めた。
「もう一つ大事な話があるのだよ、カークランド隊長。」
「なんでしょうか。」
ダスティンは怪訝そうな表情を見せる。ウェイはかまわず話し続けた。
「仮にガムザ司教がターゲットであった場合を想定して、君に一つお願いをしたい。」
「お受けできるかどうかは、お話をうかがってからですな。」
「よろしい。ではさっそくだが、今後犠牲になるであろう人物の監視、および黒幕の捜索を頼みたい。」
「あの……、お願いは一つのはずでは?」
「聞いておればそのうちわかる。」
「……わかりました。それでは、もう少し詳しくお聞かせ願えますか?」
「まず今後の標的についてだが、司教と同じ情報を持つ人物、次いでクロード様が帝位に着く際の障害となる人物が狙われるだろう。差し当たっては前者が標的とみるのが妥当だろうな。
次に今回の黒幕についてだが、先ほどから言っておる『情報』について知っている人間というのはほとんどおらん。つまり、標的=容疑者というわけだ。
では、今からいう者の身辺を探ってみてくれ。帝国第三軍将軍ラザール・オレフィス、第三妃マリア・オレフィス、宮廷医師コルディス・ヴァレスト、そしてこの可能性は低いが皇帝ファビオ・ネヴァレス・ガルダン、および第一皇子クロード・オレフィス・ガルダン、以上だ。」
「……あの、職務の範疇を越えているのですが、もしかしてウェイ様は個人的に私に頼んでおられるのですか。」
「このことは公に出来ないのでな。君も信頼できる部下を使って事に当たりたまえ。」
「……わかりました。この任務は私が個人的に負わせていただきます。」
ダスティンは宮殿の正門へと急いだ。頭の中にはいくつかの疑問が渦巻いている。「『情報』とはいったいにどんなものなのだろうか?なにか僕の知らない事実があるのか。それに、調査の話もひっかかる。『情報』はウェイ様だって知っている。あの人の依頼だから当たり前かもしれないが、調べなくてもいいのだろうか。」
正門には警邏隊の馬車が待っていた。「とにかく出来ることからやるしかない。」彼は持ち前の思い切りの良さで気持ちを切り替えると、馬車に飛び乗った。
彼を乗せた馬車は大聖堂へと道を急ぎ、宮廷を後にするのだった。