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LeGrand De LaGoon  作者: 新野篤史
アジサイ
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酒場

 昼時、下町の酒場『ブライト』の勝手口が開くとバルタザール・エーベルがのっそりと姿を現す。30代半ばの細い男で、無精髭とボサボサの頭がトレードマーク、いかにもな貧乏学者風情だが身なりさえ整えればそれなりに見られる容姿ではある。

「今日もまた暑っちいな。おばちゃん、いつものね。」

彼は狭いキッチンを通って店に入って行く。『ブライト』はジャックとコニーのブライトマン夫妻が営む酒場だ。店内は比較的広く30人は入れそうだ。こざっぱりとしてワイミー地区の酒場としては上々である。バルタザールは席に着こうと閑散とした店内を見渡す。と、何とも見慣れた光景が目の前に広がっていた。

 カウンターの隅に大きな男が独りで腰掛け、まだ昼だというのに酒を飲んでいる。傍らには刃渡りが1m近い刀が置かれている。自称『最強の用心棒』ことジョー・クラウチである。生際(はえぎわ)がかなり後退しているが、半分ほど白くなった髪をのばして後頭部でくくっている。朱色の着物をさらしの巻かれた腹まではだけ、よく焼けた肌と額に傷のある強面、といういかにもな見た目の男である。

 バルタザールは一つ開けて彼の隣に座る。

「おっさん、また昼間っから酒かよ。ちょっとは働いてみれば?」

ジョーは充血した目で彼を睨む。

「うるせぇ、仕事はしとるぞ。じゃなきゃこの飲み代はどっから持ってくるってんだよ!」

「ま、言われてみればそうですけどね。」

「てめぇこそ教室空けてこんなところで油売ってていいのか?え、先生様よぉ。」

「エーベルさんはあんたと違ってちゃんとお昼休みだよ!はい、いつものやつね。」

コニーがバルタザールの注文を持ってやってきた。トマトのパスタだ。

「午前中は読み書きそろばん。午後は科学と社会。娘のリディアも世話になってんだ。どこぞの飲んだくれと一緒にしないでくれるかい!」

パスタにフォークを突き立てつつ、バルタザールは若干誇らしげである。「気が向いたときだけ来てもらうような教室だが、こうして感謝してもらえるとなんだかうれしいね。俺もやってる甲斐があるってもんだ。」

 コニーが行ってしまうと、大人しくしていたジョーが再び口を開いた。

「ところでお前、先週、皇子が生まれたらしいけどよ、それに関してなんか聞いてないか?」

「どういうこと?もうちょっと具体的に言ってくれなきゃ、さすがにわかんないよ。」

「いや悪ぃ。昨日の晩、仕事が終わってからよ、金貰うついでに向こうのお偉方と世間話をしたわけだ。で、そいつが『皇子が生まれたからでかい仕事が入る可能性がある。』とか言うわけだ。詳しいことは教えてくれなかったが、仕事となりゃ、ちょっとは気になる。で、なんかあるのか、と思ったわけよ。」

「いやー、そればっかりは何ともだね。ただ、これで帝位継承権を持つ皇子が二人になったわけだから、おたがいを消そうとする動きなんかが出てくるんじゃないの?少なくともそっち関係の人たちが予感するくらいには、なんかあるわけだろ。

 内情が知りたいってんなら、もう宮廷からヴァレスト先生が帰ってきてるはずだよ。先生に聞いてみるのも面白いんじゃない?」

「それもそうだな……。って、お前、もしかしてまた(・ ・)なんか企んでたりするんじゃねぇのか?言っとくが俺は20年前のこと、許したわけじゃねぇからな!」

「まあまあ、勝手に熱くなるなっての。俺は面白いと思ったことをやるだけだ。前回はそうだった。今回も面白ければそうするし、つまんないなら手出ししない。それだけだよ。」

「テメェ!言わせておけば!」

突然ジョーが凄まじい剣幕でバルタザールの胸ぐらを掴む。互いに睨み合う、一瞬の沈黙。

 おもむろにバルタザールが口を開く。普段とはうってかわり冷静で丁寧な口調だ。

「ジョーさん、ちょっと飲み過ぎですよ。落ち着いてください。確かに以前あなたにはひどいことをしましたよ。それは事実です。しかし今回はまだ何もはじまっていませんよ。過去の(とが)で罪人扱いされるなら、あなただってすでに罪人ですよ。」

理屈ではバルタザールにかなわない。ジョーは仕方なく手を離す。

「もういい、今のは忘れてくれ。だが、もしお前が一枚噛んでることがわかったら、その時点でぶった切るから覚えとけよ。」

バルタザールは「わかりましたよ。」と受け流すとパスタを胃の奥に流し込み、そそくさと出て行った。

 残されたジョーは珍しく考え事をする。「皇子がどうなろうが俺の知ったことじゃない。が、あいつがまた好き勝手やるのはいけ好かねぇ。よく見とかねぇとなぁ。ま、差し当たりヴァレスト先生の話でも聞きに行いこうかねぇ。」


 しばらくすると大男の姿も勝手口の向こうに消えた。『ブライト』には人っ子一人いなくなった。コニーが皿を洗う水音だけが響いている。

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