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LeGrand De LaGoon  作者: 新野篤史
アジサイ
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医師

 夕立があったらしい。庭園の草木はよりいっそう匂い立ち、夕闇のせまる宮殿全体がその香りに包まれているかのようだ。男が独り、後宮からのびる渡り廊下から、わずかな残光に照らされた庭園を眺めながら一服いれている。

 「司教のおっさんの当たりだったか。お偉方はまた面倒が増えたな。ま、俺には関係ないけど……。」男は心の中でそうつぶやく。40歳も目前といった感じの男だ。あご髭をたくわえた小柄な容姿だが、どことなく風格がある。

 後宮の扉が開き、数人の従者を引き連れた男が現れる。白髪で老年にさしかかってはいるが、いかにも軍人といった大柄な体格で未だ衰えを感じさせない。彼はタバコの男に声をかける。

「ヴァレスト先生、今回はどうもありがとうございました。おかげさまで元気な赤ん坊を授かり、娘ともども喜んでおりますぞ。」

男は慌ててタバコをはなすと、欄干(らんかん)おかれた灰皿に投げ入れる。

「これはガルダン将軍、わざわざお声かけいただき恐縮です。今回はおめでとうございます。」

「娘には長らく子ができなかったのでな。しかも男子、喜びも一入(ひとしお)というものです。」

「そうでしょうとも。今後ともしばらくは様子を見てまいります。母子ともに私にお任せください。」

「それでこそ先生ですな。よろしくお願いしますよ。」

そう言うとガルダン将軍は正殿の方へと去って行った。

 ヴァレストはフゥ、とため息をつく。「やれやれ、あのじいさんやたらうれしそうだったな。まぁ、これでオレフィス将軍の鼻を明かせるわけだし、当然と言やそうか。」


 日も落ちた。街に明かりが灯りだすと、宮廷の廊下にも灯がともされる。宮廷医師コルディス・ヴァレストは長めの一服を終える。

 「さて、そろそろ戻りますか……。」そう思ったところ、また後宮の扉が開いた。今度は宮仕えの若い女性がやってきて彼に話しかける。

「ヴァレスト先生、マリア様がお呼びです。お忙しいとは思いますが、ご同行願います。」

「いや、今は暇でしょうがないんだ。喜んで参りましょう。」


 第三紀マリア・オレフィスは皇子クロードの母親にして帝国一の美女として名高い。まだ20代とはいえ、子どもがいるとは思えないほどに若々しく、クロードにも受け継がれている見事な金髪に、品のある顔立ちをしている。名門オレフィス家の出身で、現在帝国軍の将軍であるラザール・オレフィスの妹にあたる。彼女自身、今回のルイ皇子誕生については穏やかならぬ心情であろう。


 ヴァレストは彼女の待つ部屋へと通された。窓際のイスに腰掛けるマリアはこころなしか疲れて見える。

「どうかなさいましたか。しがない町医者に出来ることでしたら何なりとお申し付けください。」

彼の申し出に対し、マリアは少しためらったものの口を開く。

「司教様のおっしゃっていたことは本当でしたか?本当に男の子だったのですか?」

「ええ、間違いなく。先に申し上げますが、便宜上(・ ・ ・)そのように申し上げているわけではありませんよ。第一あのガムザ司教が間違えるはずないでしょう?あなたのときだってそうでした。」

「そうですね……。」

ヴァレストは彼女の目がさっきより暗く沈んでいるように見えた。落ち込んでいるのだろうか。

「マリア様、今からそのように思い悩みましては体が持ちません。まだ時間はあるのです……」

妃は彼の言葉を途中でさえぎるとこう切り出した。

「最初にあなた、『何なりと』とおっしゃいましたわね。」

何やら意味深である。ヴァレストは仕方なく「確かに申し上げました。」と答える。

「では、私が『ルイを殺して。』とお願いすればやってくれるのかしら?」

「!!……。」

突然の申し出に医者は困惑する。「頼みとはこのことか!」ヴァレストは内心穏やかではない。「この人がこういう女とは思いもしなかったな。」

 彼は慎重に言葉を選んで返答する。

「申し訳ありませんがお断り致します。私は医者でして、命を救うことが仕事でございますから。」

「なるほどねぇ、『仕事の範疇外だから出来ません』ってことね。言い訳としては合格ですよ。変なこと言ってごめんなさい。」

「とんでもない、思いとどまっていただければ十分ですよ。」

「そうですね。ただ、今の話はくれぐれも内密にお願いしますよ。」

そう言って彼女はとっておきの笑顔をつくってみせた。


 皇紀サルドの部屋へ向かう途中、ヴァレストは先ほどのことについて考える。「あの女、思った以上に危険だな。最後の笑顔もどうせ『ばらしたら殺す!』ってことだろ。絶対まだ諦めてないし、放っとくのもヤバいよなぁ……。」

 考えはするものの名案など浮かぶはずもない。

「まずは目の前の仕事をこなすこったな。」

彼はひとまず気持ちを切り換えると、サルド()の部屋のドアをノックするのだった。

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