暗闇
薄暗い部屋に男が4人、小さなテーブルを囲んでたたずんでいる。テーブルに置かれたロウソクのわずかな明かり以外、周囲を照らすものはない。廃屋の一室なのか壁がところどころはがれている。総じて家具は埃をかぶり、何とも陰鬱な雰囲気を漂わせている。廊下から足音が響く。やがて、ドアの外れた部屋の入り口にマントで全身をおおった男が現れる。やせた男だが、暗闇にまぎれてそれ以上の容姿は判断できない。
男はテーブルから少し離れた暗がりで足を止めると、テーブルを囲む男たちに向かって話し始めた。
「首尾はどうだ?報告を聞かせてもらおう。」
男の一人が口を開く。
「まず、警邏隊長の件からだ。大臣の報告では昨日後宮に行った以外、目立った動きは無しだ。まぁ、オレフィス家で殺人事件が起こったんで、そっちには顔出したみたいだけどな。司教焼死事件も未解決だってので忙しいみたいだが。」
別の男が報告を次ぐ。
「二つ目は乳母の件だ。さっきのでわかったとは思うが成功だ。ジョーはいつも通り仕事をした。あの男のことだ、ヘマはやってないだろう。で、これが言われていたものだ。」
そう言うと男は懐から手紙をとり出すとマントの男に投げてよこした。足下に落ちた手紙を拾い上げると男は静かにうなずく。
「ご苦労だ、今回もよくやってくれた。では、引き続き次の依頼を受けてくれ。」
テーブルの男たちは顔を見合わせる。リーダー格らしいガッシリとした男がためらいながらも尋ねる。
「先生、アンタには実際感謝してるよ。俺たちラヴェリータファミリーがここまで大きくなれたのは先生のおかげだ。だからアンタが何も聞くなというなら何も聞かなかったし、今回の依頼にしたってそのつもりだった。だがな、宮廷の様子調べたり、クロード皇子の乳母殺したり、コイツはいったいなんだ?何をしようとしてるんだ?次の依頼にしてもそうだ。俺たちも毎回それなりのリスクを負って仕事してんだ。これ以上文句言わずについてこいってのはちょっと無理な話だぜ。」
マントの男はしばらく考えていたようだが、やがて結論が出たのか一歩前へ踏み出した。
「いいだろう、少し話してやる。これは大いなる挑戦なのだよ、神と世界に対するね。君たちの成功もそのための準備に過ぎん。いわば実験だ。ただし、勘違いしてくれるなよ。実験と言っても単なる確認作業、結果はわかりきっていた。今回のこともそうだ。必ず成功する。だから今度も信用してもらいたいものだね。」
リーダーは再び問い返す。
「実験だかなんだか知らねぇが、別にアンタを信用しないわけじゃない。ただ、得体の知れない仕事ってのはやりにくい。その『神と世界に対する』挑戦とやらについて教えてくれないか?」
「ではヒントを与えてやる。後は自分たちで考えろ。私がはじめて依頼をしたのはルイ皇子誕生直前、そして必要な情報は宮廷の内部事情、殺したのはクロード皇子の関係者。そしてもう一つ、これはあなた方には言っていないことだが、ルグランの手下が動いている。そして最後のヒントは神の奇跡だ。これらをつないだ線の先に答えがある。
では、次の依頼だ。ガルダン家の使用人を殺せ、だれでもいい、人数も問わない。それから、この手紙をヒエタミエスに渡せ。宛名くらいなら見てもいいぞ。以上だ。今度もぬかりなくやれよ。」
マントの男はそう言って手紙の入った封筒を投げてよこすと真っ暗な廊下へと消えていった。
残された男たちもやがてそれぞれ闇へと消えていった。深夜の廃屋に人影はなく、夜は更けていった。