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LeGrand De LaGoon  作者: 新野篤史
ラベンダー
16/26

迷宮

 警邏隊長ダスティン・カークランドは悩んでいた。この不可解な迷宮から抜け出す糸口さえ見つからずにいた。ボウガンの男は未だ捕まらず、追跡した第十一分隊の3名は行方不明、ガムザを殺した炎の男、次の標的、黒幕、いずれも不明。これだけでも頭が痛いにもかかわらず、さらに追い討ちをかける事態が発生した。ガムザ司教殺害の翌日、今度はオレフィス家の使用人が殺されたのだ。しかもクロードの乳母である。

 彼自身現場には足を運んだ。彼女はオレフィス家別邸から少し離れたところに18歳になる息子と二人で暮らしていた。ラベンダーの咲き乱れる畑、その畑に囲まれた小さいが素朴で趣味の行き届いた一軒家、彼女はその門の前で変わり果てた姿で発見された。死体には刀傷、それも野太刀のような大きな得物で切られたと見られる傷が刻まれていた。肝臓、肺、心臓といった複数の急所をただの一刀で切り裂かれたようだ。かなりの手だれの犯行と思われるが詳細は不明である。


 日中は数々の捜査で暮れていった。乳母殺害の日の夜は、『ブライト』でヴァレストと会った。前日、店の主人に仲介を頼んだのだ。話の内容からは何の成果も得られなかった。が、ダスティンはある種の感触を得ていた。「彼は何らかの事情を知っている」、そしてそれ故(・ ・ ・)に「彼は安全である」ということだ。

 ダスティンの「過去クロード様の出生に関して誰かから何らかの圧力を受けましたか?」という問に対し、彼は意味深な返答をした。

立場上(・ ・ ・)、『そういったことはございませんでした』、とお答えします。」

と、彼はそう答えた。この時点でダスティンの頭には3つの可能性が浮かんでいた。すなわち「彼は身の安全と引き換えに何かを口止めされている」、「別の事情で答えられない」、「彼は事件の関係者である」というものだ。発言内容の真偽は問題ではない。そういう答え方をした時点で何かを知っているはずである。他に特別な事情があるのならば、それ自体が口止めの役割を担っていることになる。また、仲間ならば狙われること自体があり得ない。どちらにしても彼は暴露しない限り安全と考えてよい、ダスティンはそう判断したのだった。


 そして今日、彼は後宮を訪れた。一晩考えた結果、バラバラだったパズルのピースにかすかなつながりを見いだしたのだ。まだ仮説にすぎないそれは、しかし何の手がかりも見つけられない今の彼にとっては唯一の希望であった。

 ダスティンは後宮の一室で皇帝第三妃マリア・オレフィスと向かい合う。彼の仮説の証明には、彼女の証言が絶対に必要であった。

マリアは警邏隊長の突然の訪問に少々戸惑っている様子で、美しい顔にかすかに困惑の表情を浮かべている。ダスティンは椅子から少し体を乗り出すと、静かな口調で話しはじめた。

「本日こちらに参りましたのは、最近立て続けに起こりました事件についてお話をうかがうためでございます。お答えになれる範囲でよろしいのでご協力願えますか?」

ダスティンは、一瞬マリアの顔が曇るのをみとめた。彼女はすぐに表情を戻すと話しはじめる。

「ガムザ様のことは残念でございました。私もクロード出産のおりにはお世話になりましたから。それから、昨日は乳母が……。」

乳母のことを思い出し、マリアは涙で言葉を詰まらせる。

「マリア様、心中お察し申し上げます。が、質問にはお答えいただきます。単刀直入に申し上げます。乳母の息子さん、つまりクロード様の乳兄弟(ちきょうだい)に当たる人物は今どこにいるのですか?」

マリアはうつむいてしまい動かない。やがて消え入るような声で一言、「知りません。」と答えた。

 ダスティンは続ける。

「では、今月に入り乳母の家に手紙を出されたようですが、どういった内容のものですか?」

今度もしばらく間があり、彼女は口をひらく。

「たいしたことは書いていません。他愛のない手紙で、時々そういった手紙をやりとりしていました。」

「なるほど。では手紙を出された2日後に息子さんが宮廷を訪れていますが、どういったお話をされたのですか?」

「……彼とはあいさつ程度の話しかしておりません。彼はたまにクロードと話をしに来ます。たまたま時期が重なっただけなんです。」

「クロード様とは7歳差ですか。二人はどういった関係なのですか?」

「クロードにとっては兄のようなものだと思います。よく、町の様子などを教えてもらっているようです。」

ダスティンは彼女の様子を見て「話しぶりから、嘘をついている様子はないな。」と判断し、核心に迫る質問を投げかける。

「それでは、ここからが本題です。いったいいつ私の部下を抱き込んだのですか?」

マリアは明らかに驚いた顔をした。

「何のことでしょうか?私が?いったい何を根拠に?」

「そもそも、帝国の人間ではない司教を、個人的に護衛するということ自体が異常なんですよ。我ら帝国軍の使命は帝国とミラ教の保護ではあっても、ガムザ司教の保護ではないのです。一応、特例(・ ・)としてそのような措置をとってはいますがね。」

「ですが、だからといってなぜ私が?」

「この際申し上げますが、私はクロード様には何やら特別な事情があるらしいことを聞き及んでおります。司教護衛の措置がとられたのがおよそ10年前、クロード様誕生後すぐにはじまりました。そして、もっとも皇子の成長を案じ、軍の派閥に関係がなく、なおかつ秘密裏に手を回せる人間、そんな者はほとんどおりません。私の知る限りではそれこそ一人しかいないのです。」

彼女はダスティンを見つめたまま、じっと押し黙っている。

「この事実だけでマリア様をどうにかしようと言うわけではありません。ただ、今回の事件は非常に複雑なのです。認めていただけるだけでいいのですよ。」

マリアは観念したのか震える声で話しはじめる。

「わかりました。おっしゃる通り、事情により警邏隊の方に無理を聞いていただいたんです。それ以上は本当に何もしてないんです。」

彼女は訴えるような目を彼に向けた。

「わかりました。今日聞きたかったことは以上です。今までの会話はおたがいに他言無用でお願いします。いろいろと不仕付けなことばかりうかがって申し訳ありませんでした。」


 その夜、ダスティンは自室で今日の出来事を整理する。

「事態は少し前進した。そして、おそらく僕の仮説は完全に間違いというわけではなさそうだ。昨日考えたのはこうだ。

1、ボウガンの男は乳母の息子である。

2、オレグ・ガムザの護衛2名はマリア・オレフィスの手駒である。

3、息子はダミーで、護衛がルイ・ガルダン・ガルダンもしくはオレグ・ガムザ暗殺を実行する予定であった。

4、炎の男の出現は誰にとっても想定外であった。

5、黒幕はマリア・オレフィスである。

それぞれ推測の理由はこうだ。

1、調査からわかった年齢、容姿の類似と、今回の事件と乳母の死は関係がある可能性が高い。

2、よくよく考えてみると、なぜ護衛が必要なのか明確ではない。皇子の誕生と開始時期が重なる。

3、ウェイさんの話「ダミーで注意をそらす狙い」。あの人の話は聞いておくもんだ。

4、奇跡としか思えない。意図して引き起こすのは不可能ではないか。

5、ヴァレスト先生のようすから、仕事上関係の深い人物ではないか。また1〜3の理由から。

 1、2、3については可能性が高まってきたな。もう少し調べる必要がある。5は今日の様子では違うような気がするが、予断は禁物だ。4は手のつけようがない。それこそ奇跡的に手がかりが見つかるまでは保留だな。」

 思考の闇はまだまだ深い。しかし彼は一条の光を見つけたのだ。後は自分を信じて邁進するのみである。この迷宮を抜け出すために。

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