序章
薄明るい路地裏に鐘の音が響く。昼時の日差しは熱を帯び、夏の到来を予感させる。
少年が独り、遠く聖堂から流れてくるその福音に耳を傾けていた。歳の頃は7、8歳だろうか。黒髪で粗末ななりだが、歳のわりには落ち着いた、どこか不思議な印象を受ける。彼は建物で四角く切り取られた空を見つめている。そこから射し込む光を浴びて、その瞳は理知的な輝きを見せる。
「バルカ、お昼ですよ。」
バルカ、と呼ばれて少年が振り返る。母親らしき女性が立っている。少年は問いかける。
「お母さん、あの鐘はどうして鳴ってるの?」
「陛下のお子がお生まれになったの。だからそのお祝い。」
「ふーん。じゃあ、お父さんは陛下のところに行ってるの?」
「そうよ。この時間だと明日まで戻ってきそうにないわね……。そんなことより早くお昼食べちゃいなさい。午後から先生のところに行くんでしょ。」
「うん、わかった。」
二人はそろって薄暗い我が家へと帰って行く。
裏通りの石畳、その隙き間を割って小さな黄色い花をつけたカタバミが旺盛な成長を見せる。まるで少しでも日だまりに近づこうというように。夏はもうそこまで迫っている。