第1話「転生しても、俺は配信者だ」
「お疲れ様でしたー!またね~!」
画面の向こうで流れていくコメントに手を振り、俺――**葵湊**は配信を締めた。
スパチャ読み上げ、エンディングBGM、終了ボタン。三年やってきた染みついたルーティンだ。
「ふぁ~……」
椅子の背もたれに体を預け、大きく伸びをする。今日も三時間、ガチ恋営業を全力でやり切った。*「みなとく~ん好き~」とか「今日も可愛すぎ」*とか、女性リスナーたちのコメントが弾けていた配信だった。
和装に猫耳というアバターで、甘めの声で囁く。それが俺のスタイルだ。
チャンネル登録者は五万人ちょっと。大手とは言えないが、熱狂的なファンに恵まれていた。
……まあ、熱狂的すぎるのも考えものだが。
冷蔵庫が空だったことを思い出し、俺は立ち上がってジャージに着替えた。コンビニまで五分。それだけの距離だ。
玄関のドアを開けた、その瞬間。
「……お前のせいで、彼女が俺を見なくなった」
暗い目をした男が立っていた。
次の瞬間、腹部に鋭い痛み。
あ、刺された。
妙に冷静な頭の片隅で、俺はそう理解した。ガチ恋営業の弊害ってやつか。リスナーの彼女が俺のことばかり見るようになって、彼氏がキレた――そういうことか。
やっぱりガチ恋売りは罪が重いな……
そんなことを思いながら、意識はゆっくりと、深いところへ沈んでいった。
目が覚めると、そこは白かった。
床も、天井も、空気すらも白い。ふわふわとした雲のような足場の上に俺は立っていた。
「おお、天界じゃん」
思ったより冷静な自分に少し引きつつ、俺はきょろきょろと辺りを見回した。
漫画やアニメで散々見てきた光景だ。ということは、次に現れるのは――
ナイスバディの女神様、待ってます。
「待たせたな」
現れたのは、男だった。
しかも腹立つほどイケメンだった。
白いローブをまとい、柔らかく微笑む、彫刻みたいな顔。金色の髪が光を反射してキラキラしている。年齢不詳のくせに無駄にオーラがある。
「……神様、ですか」
「如何にも。葵湊よ、お前の魂はこちらの手違いで早めに召されてしまった。誠に申し訳ない」
神が頭を下げた。
「あのー、女神様の予定はなかったんですか」
「私は男だが」
「知ってます」
俺はため息をついた。完全にテンプレ展開だ。漫画で何十回と見たやつ。
神は苦笑しながら続けた。
「詫びとして、異世界への転生と、ひとつスキルを選ぶ権利を与えよう。こちらのリストから選んでくれ」
空中に光るウィンドウが展開される。剣術強化、魔法適性、言語理解、不死身の肉体……よくあるラインナップが並ぶ中、俺の目はひとつの項目で止まった。
【創造】——思い描いたものを具現化する能力。
「……これ、ください」
「ほう。勇者系のスキルには目もくれないのか」
「俺がやりたいことにはこれが一番です」
神はわずかに目を細め、それから穏やかに笑った。
「面白い人間だ。では、良い旅を」
気づけば俺は、青空の下に立っていた。
見渡す限り、草原。遠くに山。鳥の声。馬車の轍らしき轍。
異世界だ。本当に来てしまった。
「よし」
俺は拳を握った。
創造スキルがある。つまり、機材を作れる。PCも、マイクも、カメラも。
異世界でも、配信できる。
気持ちを高めながら街へ向かって歩き出したそのとき、草むらがざわりと揺れた。
ぷるん、と。
緑色のゼリー状の物体が姿を現した。スライムだ。本物のスライムだ。
「かわい……って、待って来るな来るな」
どう見ても戦闘力ゼロの俺に向かって、スライムが跳ぶ。避けきれず転倒したところに、もう一体、また一体。
これ普通に死ぬやつじゃないか。
「そこ!」
凛とした声とともに剣閃が走り、スライムたちが霧散した。
見上げると、鎧をまとった女性が剣を収めているところだった。
年は二十代前半くらいか。切れ長の目に、きつめだが整った顔立ち。銀色の髪を後ろで束ねている。
「怪我はないか」
「おかげさまで。ありがとうございます」
「まったく……こんな装備で街道を歩くとは。旅慣れていないのか」
彼女――騎士らしき女性に助けられながら立ち上がり、俺たちは連れ立って街へ向かった。
街は活気があった。石畳の道、露店、馬車。中世ヨーロッパ風のそれだ。
騎士の名はアリアといった。王都への任務の途中でたまたま街道を通りかかったらしい。口数は少ないが、悪い人間ではないようだった。
宿の前で別れようとすると、彼女は俺の顔を見て少し眉をひそめた。
「……所持金は」
「ゼロです」
短い沈黙。
「……付いてこい」
そういうわけで、初日の宿代と夕食はアリアに奢ってもらった。大変申し訳ない。
深夜、部屋に戻った俺は早速スキルを使った。
頭の中でイメージを組み立てる。ノートPC、配信用マイク、Webカメラ、モニター……。
ぽん、ぽん、ぽん。
本当に出てきた。机の上に、見慣れた機材が並んでいる。
「すげえ……!」
テンションが上がりかけたところで、ひとつの問題に気づく。
受信端末がない。
電波も、インターネットも、この世界には存在しない。視聴者がいなければ配信は配信ではない。
「うーん……」
腕を組んで考える。しばらく唸った後、ふと思いついた。
スキルボード。この世界の人々がステータスや情報を確認するために使う魔道具だ。街でちらっと見かけた。
あれを受信端末にできないか?
イメージを広げる。魔力を媒介に映像と音声を飛ばし、スキルボードで受信できる仕組み。創造スキルで「そういうシステム」ごと生み出す。
試しに作った送受信モジュールをスキルボードに当てると、ピッと音がした。
「……いける、これ」
俺は口角を上げた。
セッティング完了。アバターの設定を済ませ、配信タイトルを入力する。
【異世界から初配信! 和装猫耳Vtuberの葵湊です】
視聴者数:0。
スタートボタンを押した。
「皆さんこんにちは~! 葵湊です~! え、なに、初めて見る感じのやつが急にスキルボードに映ったって感じですよね? そうです、俺です。Vtuberっていうんですけど……説明が難しいな。えーと、なりきり配信者みたいな?」
コメントが流れてくる。
「なんだこれ」
「スキルボードに人が映ってる!?」
「猫耳……?」
「なんか喋ってる」
視聴者数:47。
少ない。だがゼロじゃない。
「ありがとうございます! 見てくれてる人、いたー!」
コメントが少しずつ賑わってくる。珍しいものを覗き込むような、おそるおそるな雰囲気が伝わってくる。それでもいい。ゼロから始まるのは慣れている。
俺が自己紹介を続けていると。
ガチャ。
部屋のドアが開いた。
「葵湊とやら、少し聞きたいことがあるのだが——」
アリアだった。
甲冑を外した彼女は薄手の寝巻き姿で、手にはスキルボードを持っていた。どうやら隣の部屋から配信を見ていたらしい。
「え、あ、ちょ——アリアさん!? いまマイク入ってて——!」
「マイ……?」
状況を理解していないアリアが、部屋をきょろきょろと見回す。
「葵湊とやら、このスキルボードに映っているのはお前か? なぜ猫耳が——」
「声! 声が全部聞こえてます!!」
コメント欄が沸く。
「だれ!? 女の人!?」
「声めちゃくちゃいいじゃん」
「推せる」
「配信者の部屋に女の声で草」
「ガチ恋勢発狂で草」
視聴者数:312。
「……第一回、放送事故でした」




