ほどほどが一番
春チャレンジ2026向けのショートショートです。
「アンネマリー!お前との婚約は破棄する!」
「レイモン殿下、何です藪から棒に……。見ての通り、私は忙しいのです。お巫山戯なら後にして下さいませ」
「お前、魔女に頼んで自らの能力を笠増ししていたらしいな?」
「ぎくっ。な、何のことだか私には」
アンネマリーが動揺した隙に俺は懐から魔石を取り出し、彼女へと翳した。魔石から放たれた光が彼女を包み、何やら影のようなものが離れていく。……やはり、情報は本当だったのだ。
「殿下、これは……?」
「魔法を強制的に解除する、王家の秘宝だ。これでお前は不当に得た能力を失ったわけだ」
「そんな……酷いですっ。確かに幼い頃、私は東の魔女様に『能力の強化』をお願いしました。だけどそれは貴方のお役に立ちたい一心で……それにこの十年、私は殿下に尽くしてきたはずです」
「お前は毎日夜遅くまで働いている割に、執務を終わらせる事も出来ていないではないか。魔女の力があってもこれ程とは、よほど元が能無しなのだろう。無能は王家に必要ない。既にユリアーナ・フレンツェル侯爵令嬢と新しい婚約を結ぶ手筈は整えている。彼女は学院で首席を取るほどの才女。ユリアーナこそが俺の妃に相応しい!」
俺は崩れ落ちたアンネマリーを騎士に命じて城から放り出させた。
アンネマリー・ココシュ侯爵令嬢と俺との婚約が定められたのは十年前。ココシュ侯爵家が財力権力共に申し分ないこともあったが、何よりも彼女が有能であったことが理由だ。試験の結果が他の婚約者候補と比較して高評価だったらしい。
しかし、それが全てまやかしだったとは……。
当初は俺も彼女が婚約者であることに不満はなかった。しかし王子妃教育が終わり、執務を少しずつ任せ始めた辺りから様子がおかしくなったのだ。学院の成績は下がり、執務を終わらせることも出来ない。
毎日夜遅くまで机に向かっているせいか、可愛らしかった容姿も痩せこけてすっかり老けてしまった。ならばせめ少し着飾れば良いものを、地味なドレスばかり着ているのも腹が立つ。
あんな醜い女を傍に置いていたら王太子たる俺の沽券に関わる。そこへ、アンネマリーが魔女に金を積んで能力を増強させていたという情報を得たのだ。だから王家の秘宝を持ち出して魔法を剥いでやった。
これでユリアーナと婚約できる。彼女は優秀なだけでなく、学院でも評判の美女なのだ。
無能で醜い婚約者を排して美しく有能な妻を手に入れる……ああ、人生は薔薇色だ。
§§§
「なんだってこんなに執務が溜まってるんだ……」
机上に溜まった書類がちっとも減らない。それどころか、側近たちが更に書類を積み上げていく。
「殿下、ケルニー地区の視察の件ですが」
「秋の園遊会の警備について……」
「ええい、一度に言うな!」
おかしい。昨日までこんなことはなかったのに。
仕方ない、ユリアーナに手伝って貰おう。
「無理ですわ。今は王子妃教育の最中ですし」
「優秀なお前なら、王子妃教育と両立で効率良くこなせるだろう?」
「そもそも、執務にもまだ慣れていませんもの、すぐに効率を求められても無理というものですわ」
そっけない態度で断られてしまった。
そんな……これじゃあ何のためにユリアーナと婚約したか分からないじゃないか!
そこへ「お困りですか、兄上」と現れたのは、弟のユベールだった。
「見て分かるだろう。暇ならお前も手伝え」
「俺にだって担当する執務はあります。代わりに最強の助っ人を連れてきましたよ」
「ああ、誰でもいい!この状況を何とかしてくれる人間なら!」
そして現れたのは、アンネマリーだった。
このクソ忙しい所に無能女をわざわざ連れてくるとは、嫌がらせか!?
「ユベール、お前どういうつもりで」
「まあまあ。猫の手も借りたい状態なんでしょう?」
「ぐっ……仕方ない。アンネマリー、邪魔だけはするなよ!」
しかし――。
「こちらの書類は確認しておきました。後は殿下の印を押すだけです。あと視察当日のスケジュールを纏めましたからご確認を」
「園遊会なら昨年の記録が参考になりますわ。ただ今年は招待客に平民の割合が多く、慣れていない者もいるから混乱の可能性があります。案内役を増やしましょう」
アンネマリーは次々と執務をこなした。その鮮やかな手さばきに、溜まっていた書類はあっという間にさばかれていく。
どういうことだ?こいつは執務を溜め込んでいた無能だった筈で……。
「じゃあ、私はこれで」
「おい、どこへ行くんだ」
「ユベール殿下とは今日一日だけの手伝いという約束でしたので」
それは困る!
良く分からないが、アンネマリーがいれば……いや、いなくては仕事が終わらない。
「これからも手伝って欲しい。何なら側妃の座を用意しても」
彼女は俺を慕っていたはずだ。側妃にして可愛がってやると言えば従うに違いない。
しかし、返ってきたのは「お断りします」という答えだった。爽やかな笑顔付きで。
「だって……私のような無能は必要ないんでしょう?」
§§§
「馬鹿な事をしたもんだね、その王子とやらも」
ここは魔女の森。今は久しぶりにお会いした東の魔女様とお茶の最中だ。
私は幼い頃、婚約者候補としてお会いしたレイモン殿下に恋をした。だけど私は令嬢として見た目もそこそこ、能力も平々凡々。だけどどうしても彼の婚約者になりたくて、魔女様に泣きついて能力の底上げをお願いしたのだ。
殿下の見た目にのぼせ上がって内面を全く見ていなかった当時の私をグーで殴りたい。
この十年、レイモン殿下の為に努力して厳しい王子妃教育をこなし、執務の手伝いをしてきた。しかしレイモン殿下は徐々にそれを当然と思うようになり、私の負担はどんどん増えていったのだ。
毎日食事もそこそこに仕事をしていればやつれるのも当然でしょう?
なのに殿下は「もう少し見た目に気を使えないのか」と嫌そうな顔をするだけ。
婚約破棄の前から、ユリアーナ様と浮気していたのも知っている。
疲れ果てていた私はもう、浮気にツッコむ気力も無かった。そもそも、既に愛情も枯れ果てていたけれどね。
「一つだけ、分からないのですが。魔女様から頂いた能力はあの時奪われた筈です。でも、何というか……無くなった感じがしませんの」
「当然だろうよ。あの時私がしたことは、お嬢ちゃんの基礎能力をほんの少し底上げしただけだ。アンタがこの十年、働いて得てきた経験は本物の能力として身に付いているのさ」
「そういうものでしょうか」
「そういうものだよ。アタシだって、最初から大魔女と呼ばれたわけじゃない。長い下積み期間を経てきたからこそ、こうやって偉そうに出来るわけさ」
なるほど、得心しながら私は溜息を吐く。
「まあ……私にも悪いところはありますわ。レイモン殿下の気を引きたくて、やり過ぎてしまいましたもの」
「そうだね。お嬢ちゃんが頑張り過ぎたせいで、あの王子はそれに甘えてしまったんだろう。で、どうするんだい?またあのバカの元へ戻るのかい?」
「いいえ?私、ユベール殿下と婚約しましたの」
第三王子であるユベール殿下は臣籍降下して公爵位を賜る予定だ。
彼は権力志向の強い人ではなく、公爵夫人として執務はお願いするけれど、頑張り過ぎずゆるゆるやってくれれば良いと仰って下さっている。
この十年で身体もボロボロになってしまったから、その申し出は本当に有り難い。
結局のところ、何事もほどほどが一番よね。
レイモン殿下は終わらぬ執務に相変わらずあっぷあっぷしているらしい。貴族たちからは彼の資質を疑って、第二王子の立太子を推す声も上がっているとか。
まあ、優秀なユリアーナ様ならあと数年もすれば私と同じくらい、執務をこなせるようになるでしょう。
それまでは自力で頑張って下さいな、レイモン殿下。




