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灰色の煙の中で  作者: 鈴埜


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9/30

9.梔子の狩人3

「マキとってー」

「俺、今、手が泡だらけです」

「お前の能力はなんだー!」

 弾かれるようにしてスマホが宙を飛び、白川の手の中に納まった。


「サンキュ。――おはようございます」


「おはよう。コードP304の可能性ありの事件が上がって来てね。監察医務院へ行ってくれる?」

「了解」

「概要は携帯にメールする。マキも連れて行きなさい」

 コードP304。これは能力者が関わる事件で、特殊警防課が担当することとなる。


「殺人とかですか?」

 一番あって欲しくない可能性から潰そうとするが、今日の神様はそんなに優しくないようだ。


「そうよ」

 いきなり当たりを引いてしまう。きっと遺体や現場の状況に不審な点があったのだろう。可能性ということは、白川にそれを確かめてこいと言っているのだ。


「すぐに向かいます」

 電話を切ると、隣に腕まくりをしたままの深沢が立っている。


「仕事ですか?」

「そうだ。出かける準備をしよう。もうクリーニングできてるだろうから受け取りに行ってくれ。ほい、これ半券。家の目の前だからすぐわかる。あと横のコンビニでポカリとお茶買ってきて」

「了解です」

 ジャージ姿の深沢が玄関へ消えると、白川はベッドで眠り続ける黒崎を見にいく。まったく起きる気配がない。昨日の夜の辛そうな表情は消えているので熱は引いているようだが、額を触ってみるとそれでも熱かった。叩き起こして無理矢理薬を飲ませようかとも思ったが、上手く寝ていられるうちは寝ていた方が良いだろうと思い直す。

 部屋を出て残ったご飯でおむすびを作った。自分のマメさにちょっぴり悲しくなる。これがもう可愛い彼女なら喜んで看病しまくるのだが、好きでないしかも男。俺はいったいなぜこんな目に遭わなければならないのかと悲嘆する。

 俵型にむすんだおむすびを二つと、卵焼きを皿に乗せたところへ深沢が帰ってきた。


「ただいまです。クリーニング屋さんのおばあさんと仲良しなんですか? どこの池に落ちたんだって心配してましたよ」

「あーあそこのばーちゃんなぁ。いい人なんだよ。この間もたくさん漬けたからって梅干し山ほどくれてさ。それがまた塩加減が絶妙で旨いのなんのって」

 その旨い梅干しを入れてやったおむすび。


「ちゃっちゃと着替えよう。もたもたしてると催促のメールが来る」

「はーい」

 病人が起きたときのためにメモを残す。


「ええと、お腹が空いて食べられそうならおむすびを食べてくださ……むなしい、むなしいぞ俺っ!」

「いや、気持ちはわかるけど、今日のところは我慢してくださいよー。俺書きましょうか?」

「いや、いいけどさ。つうかこいつ帰る気になったら、鍵置いていかないといけないんじゃないか? スペアキーだぞ? 彼女にもまだ渡したことのないスペアキーをなぜ男に渡さなきゃいけないんだこのヤロウ!」

 八つ当たり。深沢の腹にパンチを入れる。


「先輩、ひどい」

「お前案外腹筋あるな」

「若いですからね!」


 棚からスペアキーをとってきて、おむすびや風邪薬と一緒にテーブルに置いておく。

 冷蔵庫にポカリスエットがあるのでこれで薬を飲んでくださいと書いてあるあたりに、己の性格が出ていた。深沢がそれを見て少しだけ笑うと、白川はすかさず頭をはたく。

「ほら、行くぞ」

「はーい」



 白川が監察医務院へ着くと、受付の女の子が飛んできて案内してくれた。彼も始終嬉しそうに彼女の質問に受け答えしている。


「普段はお一人なのに珍しいですね」

「新しく入ったばかりのなんだ。これからお世話になると思うから、宜しくね」

「はい!」


 元気よく返事をする先はあくまで白川。深沢は眼中にない。


「一人で来たくないです」

「なんで?」

「対応の違いがすごそうで……」

 小さくつぶやく深沢の言葉に笑う。

 それは仕方ないだろうし、当然のことだ。


 重そうな扉が見えると、彼女は足早に先へ行き、扉を開けて頭だけ中へ突っ込む。


「佐川先生。白川さんがいらっしゃいましたよ」

 すると中から入れと声がした。


「ありがとうね、恵子ちゃん」

 軽く開いた扉を預かり彼女に手を振る。


「もしお時間あるなら帰りに事務所でお茶でもどうぞ」

 手を返し廊下の向こうへ消えていく姿を見送って、白川は今度は深沢に向き直る。


「ここの先生たち、容赦ないからな。吐くなら右手の方の流しに吐け。床にやったら自分で掃除だぞ」

「……わかりました」

 二人はそろって中へ入った。


 広い空間に男が一人、緑色の手術着をつけて立っている。


「こんにちは、佐川センセ……またすごいときに来ましたね、俺たち」

 マスクの下で彼は笑ったようだ。手の上に乗った赤黒いものに顔を近づけた。


「レアかミディアムか……どうかなと思って。そっちは新人?」

「ええ。深沢です。宜しくしてやってください」

 白川は失礼にならない程度にソレから目を外して深沢を紹介した。佐川は同時に頭を下げる彼をちらりと見て、白川へ意味ありげな視線を送った。小さく笑ってそれに答える。


「PKですよ。念動力ってやつです」

「そうか。なら今の俺の恥ずかしい心内がばれずに済むわけだ。それはよかった」

 あっさり漏らした白川に、深沢が驚きの目を向ける。


「監察医の先生方はね、結構知ってるよ。どうしても遺体に不自然な点が出てくることが多いから」

 白川は噛んで含めるように続けた。


「先生たちは協力者だ。警察署内の人間よりも俺たちの事情に通じている」

 下手に騒ぎ立てられては、内々に処理することが難しくなるのでどうしても事情に通じていてもらわねばならないのだった。


「今回のだって先生からなんでしょう?」

「そうだな。鑑識の方の状況もあるだろうが、たぶん君のところの問題だろう」

 遺体はきれいに洗浄されて解剖台の上に寝かされている。内臓を取り出している最中だったのだろう。胸の部分が開かれていた。


「マキ、大丈夫か?」

「はい、今のところなんとか」

 それではと、佐川がトレイに心臓を乗せて被害者の右腕を持ち上げた。


「もうほとんど消えてしまっているが、今回の遺体の最大の特徴は皮膚上に現れた雷紋。かみなりに紋付はかまの紋」

 それは、と口をはさもうとした深沢を、白川が制す。質問はすべて監察医が状況を述べてから。特に佐川は大学の講義のように一方的に話をしてから質問を受ける形式を好む。


「こっちに鑑識から送ってもらった写真のFAXがある。ほら、こんな風に枝状の熱傷。数時間経つと消えるのも特徴の一つ。これは、その漢字の通り雷のような高電圧感電時に見られることが多い。まあ、電気の電で電紋とも言うから、雷に限定はされない。高電圧にさらされたときに現れる現象と思ってくれ」

 プリントアウトされたFAXを脇の台に戻すと、今度は心臓を指差す。


「死因は心停止。実は検案書に一番よく書かれるものだ」

 今日は深沢がいるせいか、基本的なところから説明してくれる。白川にとっても楽だった。

 初めて接するこちらの事情を理解した監察医が佐川であったのは、深沢にとっても幸運なことだったろう。


「問題はその死因を引き起こした原因だ。現場を見た刑事課の連中が、現場の状況から感電死じゃないかと言った。ショートしたヘアドライヤーと水浸しの床。風呂上がりの被害者。だがな、そうなるとあるはずのものがない」

 指を二本立てる。


「流入部と流出部にあるはずの電流痕。この場合だと、流入部はドライヤーのコンセントを差し込もうとした指先。これが不用意に端子に触れてしまったために、電流が流れる。そして、入れば出て行かねばならない。水浸しの床は危ないんだ。この、足の裏にも同じく電流痕があるはずだろう」

 二人を手招きして足の裏を指すが、確かに火傷と言われるような物はなかった。

「電流痕は、電極に触れた部分が炭化し、その周りが青白く、さらに赤くなっているのが典型的と言える。だが、ここに運ばれてきた遺体を隅から隅までみたが、不審な火傷の痕はなかった。この顎の部分の打ち身ぐらいだ。きれいなもんだよ」

 それで、と再び佐川はFAXを手に取る。


「忘れちゃいけないのがこの雷紋。で、ちょうど君らがやってきたときに取り出した心臓を見てみると――俺はミディアムレアが一番好きなんだが、これはウェルダンだ。見ろとは言わないが、心臓を中心として焼けている。中心へいけばいくほど、良く焼けている」

 トレイに乗った心臓を二人の前に差し出した。


「さて、何を視る?」

ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。


携帯電話とか出てきたら教えてください……

ここら辺は結構前に書いていたパートなので。

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