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灰色の煙の中で  作者: 鈴埜


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4.青褐の底2

 予想通り、真っ黒なスーツに真っ黒なサングラスの天敵、黒崎航(くろさきわたる)がいた。手にはベルギーワッフルの箱を持っている。焼きたてなのか良い香りがここまで漂ってきた。

 目敏くそれを見つける課長。後ろを振り返って深沢に言う。


「そのお湯で紅茶を入れろ。人数分」

 しかし黒崎は首を振る。


「いえ、すみませんが少々急ぎなもので」

「白川が欲しい?」

「ええ」

「待て待て待て。本人差し置いて変な話を進めないでくれ」

 お湯が沸いていたので意外に早く紅茶を持ってきた深沢がきょとんとした顔で三人を見る。一定の距離を保ったま笑顔と無表情と渋面がぶつかっていた。


「マキ! お前お客様にお出しする紅茶にティーパック入れたまま持ってくるな馬鹿者」

「は、はい。すみません」

 客が来たなどと聞いていなかったわけだが、とりあえず謝ってまた奥へ引っ込んだ。しかも一つ足りない。


「彼は?」

 黒崎がその後ろ姿を追い首を傾げる。


「ああ、新しく入ったやつでね。白川が教育係だから悪いが今回も連れていってもらえるかな?」

「だから待ってくださいって。なんで僕がもう行くことになってるんですか? 今日はここに詰めてないと……」

「私がいるから大丈夫だろう。行ってこい。ちょうど良い実地になる」

「でも……」

 再び深沢が紅茶を持って現れる。


「そうか、お前も航君が持ってきてくれたワッフルを食べたいってことだな。分かった。五分で食べて行ってこい」

 こうなったらもう逆らうことも出来ない。彼女の命は絶対だった。

 配られたベルギーワッフルを憎々しげに睨む。


「藤本さんがプレーンにメープルシロップをかけるのが好きだと聞いていたので」

「それはそれは、いつもお気遣いありがとう。そう言えば、お父上は元気?」

「相変わらずですよ。半分隠居した気になってますがね」

 課長もこちらの部屋で適当に座って食べていた。空いてる椅子は山ほどある。二人の世間話が腹立たしい。



 白川の車で先を急ぐ。助手席には深沢、後部座席には黒崎が乗っている。後ろに座る彼が来るまではにこにこと表面上は笑顔を取り繕っていた白川が、車内で顔を作る必要はないと仏頂面全開でいかせてもらう。


 すると、場の雰囲気を変えようとした深沢がくるりと後ろを振り返った。


「初めまして、深沢牧人と言います。マキトって呼んでください」

 黒ずくめの彼はこちらこそと頷いた。


「黒崎航です。白川には何度か手伝いをしてもらっていてね、警防課とは違ってうちは心霊関係を主に調査する部署だ」

「心霊って、お化けってやつですか?」

 半信半疑といった深沢を、白川が左手ではたく。


「お前だって超能力者なんだろーが。なのに霊なんかいないってのか?」

「ああ……そうですね。でも俺見たことないから」

 バックミラー越しにそうなのか? と問う黒崎の視線を受け、面倒だと思いながらも説明する。


「マキは、PK、サイキックだ。俺みたいな読みとったり感じたりする方面には長けていない。だからもしかしたら、霊感に準ずるものはないかもしれない」

「へえ、サイキックか。それは――頼もしい」

「いえいえ、まだ咄嗟に上手く使えなくて」

 だからこそ、課長が実地訓練をと言うのだろう。


「そういやお前、階級(クラス)は?」

 そこら辺の詳しい情報を課長から聞き出す前に黒崎が現れてしまった。

 深沢は少しだけ顔をしかめ、小さな声でぼそりと呟く。


「ん? 何、聞こえない」

「……S級クラスです」

「えすぅ!?」

 思わずハンドルがぶれて後ろから注意の声が飛んだ。


「悪い、いや、Sって……PKのS級クラスって初めて聞いたんだけど」

「あ、でも、潜在的能力としてS級クラスってだけで、実際はまだそこまでは」

 S級クラスの能力者はそうそういない。白川が知っているのは課長と訓練施設にいた男だけだ。白川のなかなかに便利な能力もA級クラス止まりで、S級クラスの、しかもサイキックというのには正直驚いた。

 使い方を間違えれば大事故になりかねない。

 これは、過労死させるつもりで左近へ任せた方が良かったのかもしれないと思い始める。


「それで、潜在的というのはどんな意味なんだい? 牧人君」

 黒崎が当然の疑問を口にすると、彼は気まずそうにその例を挙げた。


「その、コントロールと力加減がちょっと。特に大きなものや形の定まらないもの、取り扱いに注意しないといけないものとかは、上手く動かせないんです」

「つまり繊細な作業が苦手なのか」

「はい……」

 肩を落とす深沢。先輩らしく慰めの言葉をかけてやろうと思ったが、黒崎に先を越される。


「気に病むな。何事も経験だよ。少しずつ順番にスキルアップしていけばいい」

「はい!」

 元気良く答える彼を、白川はじろりと睨み付けて前を向いた。


 なんか、ムカツク。


「ところで、今回はどんな事件なんだ?」

 目的地に着く前にある程度概要を語ってもらって置かねばならない。


「ん、ああ」

 脇に置いた鞄から資料の束を取り出す。その動作をバックミラーで見ていたが、どうも緩慢でじれったい。いつものきびきびとした黒崎と違っていた。


「何? なんかあるの?」

「ん? 何がだ」

「いつもと違う。そんなに拙い現場なのか?」

 それならあまり深沢を連れて行きたくはない。

 白川の意図するところが分かったのか、ああ、と言って彼は頭を振った。


「違う。その、少し体調が、な」

「風邪?」

「ああ」

 そう言われれば心なし顔色が悪い。サングラスで顔の三分の一近くが隠されているせいか気づかなかった。


「それでお仕事、大丈夫なんですか?」

 深沢が心配そうに後ろへ声を掛けるが、白川がその言葉をばっさりと斬り捨てる。


「大人がそれでも仕事に出てきてるんだ、大丈夫かじゃなくて大丈夫にするんだよ」

「そういうことだ」

 それがこの世だ。例え夜中の二時に起こされようとも仕事は仕事。現場に駆けつける。


「で?」

 苛立ちが収まらずに白川はそのまま厳しい声色で黒崎に先を促した。


「今向かっている高校のプールで、何度か不審なものが目撃されている。何人かは蛇のようなものだといい、他の何人かは髪の長い女だという」

 隣で生唾を飲む音が聞こえる。


「……マキ、お化けとか苦手?」

 すると慌てて彼は首をぶんぶんと横に振って体全体で否定する、が、目が全てを語っていた。非常に分かり易い。


「そ、そ、そんなわけあるわけないわけないじゃないですか」

「あるのかないのかわかんねーよそれ」

 いや、その、と何度か繰り返したのち、彼は肩をがくりと下げて頷いた。


「だって、死んだ人ですよ? それが呪ってやるってんで現世に舞い戻ってきちゃったりしてるんですよ? ユキ先輩は怖くないんですか?!」

 運転席に身を乗り出してくる男の頭をぐぐっと押し戻す。


「アホか。お前の能力だって未知の領域だろうが。同じだよ、超能力もお化けも。どちらも科学で解明されていない」

「そんなことありませんよ! 超能力は結構施設で科学的に解明されてきているって……」

「それは被験者がうようよいるからだろ? お化けはなかなか実験させてくれないだけ」

「でも……!!」

 さらに言い募ろうとする深沢を、黒崎が止める。


「大丈夫だよ、牧人君。そのために俺がいる。状況を判断して俺が指示するから」

「……はい」

「そのあんたのせいで先だっては墓石に押し潰されそうになったわけですが?」

「だが、死んでない」


 こいつもまた、使えるものは馬車馬の如く限界ギリギリまで使い込むタイプの男だった。知ってはいたが、やはり気持ちの良いものではない。


「基準を死ぬか生きるかに置いて欲しくはないんだが」

「そうか? この世は死んでいるか生きているかが全てだよ」

 そういった黒崎の声色が、今までのやりとりとは微妙に違ったもので白川も黙るしかなかった。

ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。


目指すところは白川と黒崎の和解というか、仲良く喧嘩しようねなんだ。

男の子が仲良くしてるのいいよね……信頼しあっているバディもの。


まだ到底無理な二人だけども。

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