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灰色の煙の中で  作者: 鈴埜


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29/30

29.岩灰の水面3

「どっから入るんだよ! ってか何があるんだよあんな場所に!!」

「堂々としていてくれないか? あまりおどろどしていると反対に不審に思われる。俺は普通に通してもらえるが、白川たちは初めてだから――」

「顔パスかよ!」

 おかしなテンションの白川に、黒崎は軽く肩をすくめただけだった。

 その後も警備の人間は後部座席に座る黒崎へ笑顔を向け、釘を刺されていなかったら喚きだしたであろう「新しい部下の方ですか?」という危険な挨拶をして、白川の車をほとんど何もチェックせずに通した。

「すごいですね」とつぶやけば、徐行運転でそこを曲がれそのまま真っ直ぐと指図され、普段なら間違いなくぶすっとしている白川も、神妙な顔で言われた通りに車を進めていた。

「そこに止めて、後は歩きだ」

 一般人がこんな所まで入ることは普通できない。深沢は少々普通のヒトとは違っているが、やはり初めての経験だった。白川もきょろきょろともの珍しそうに辺りを見回している。

 広い庭と呼ぶには大きすぎる場所を突っ切り、ぽつんと建っている小屋の前で立ち止まる。大きな南京錠がかかっていて、黒崎はスーツの内ポケットから鍵を取り出すと、それを外した。

「今更だが、これらは口外無用だ」

「わかってるよ」

 流石に、と言う先輩に深沢も頷いて同意する。

 課長に聞かれたら洗いざらい話すが、あの人の場合話す前に視て知っているような気がする。本当になんでものぞき見しているのだ。彼女を前にして、視覚的に確認できない秘密などなきに等しい。

 それにしても、こんな小さな小屋にいったい何が隠してあるのだろう。庭作業用の用具を置いておくのにふさわしい、そんな規模の小屋だった。大人三人が入れば身動きできなくなる。

 扉は外へと開いた。

「最後に内側から鍵をかけてくれ」

 振り返って黒崎が言う。

 白川ではないが、男三人がぎゅうぎゅうに詰め込まれている様を思い浮かべて、ちょっとやだなあなんて考えていると、扉をくぐった黒崎が消えた。

 ――いや、正確には沈んだ。

 もっと正しくは地下へ降りていった。小屋の中にはコンクリートでできた地下へと続く階段が伸びていたのだ。

「すごい! すごい!! 秘密基地みたいだ!」

「深沢くん、少しトーンを落としてくれないかな」

 笑いを含んだ黒崎の声が、深沢の反響に反響を重ねた声の後に続く。

 人がすれ違えるかギリギリで、天井も低い。二メートルはないだろう。打ちっ放しのコンクリートが圧迫感をつのらせる。灯りは足もとの低い位置に、むき出しの蛍光灯が並んでいる。入ってすぐのところにあったスイッチを黒崎が押すと、あの独特の音をさせながら付いた。電気は常時通っているようだ。

 階段はかなり長かった。しばらくは三人の足音だけが聞こえていた。一番後ろを行く深沢は、ときどき振り返って地上があった方をみやった。しかし、あんな古ぼけた小屋だったのに、扉は隙間なくきっちり閉まっているらしく、輪郭が浮き立つことなかった。足もとの灯りは天井をまで照らすほどの威力はなく、遠く地上はぼんやりと闇と光の境が曖昧になっている。

 建物五階分くらいを降りたころ、ようやく別の音が耳に届いた。

 水が流れる音だ。

 やがて匂いも感じた。澱んだものでなく、みずみずしい澄んだ匂いがする。足音が大きな空間に反響する。

「……なんて、広い」

 驚きに口を開けたまま辺りを見回した。

 白川も隣で同じように立ち止まっている。

 人々が、大なり小なり敬意を払っている方の居城の下に、これほどの空間が広がっているとは、誰も思いはすまい。

 三人がいる場所はコンクリートで固められ、いわゆる岸になっており、そこから五メートルほど先に水際がある。コンクリートの地面は長方形で、水面までの五メートル、横へ五十メートルほど。さらに幅二メートルほどの道が、岸の先から真っ直ぐと湖の中へと向かっていた。階段から一番遠いところから伸びている。しかし、それも十メートルくらいで終わっていた。そこには小さな白木の鳥居が建っている。深沢とそう変わらない高さのものだ。

 無言のまま進む二人の後をついていく。

 かすかな揺らめきすらない湖は、暗い色でどれほどの深さがあるのかわからなかった。照明が岸から伸びている道の両端についている小さな電灯しかないので、足を踏み外せばどこまでも沈んでいきそうな不安に、ついつい道の中央を行った。

 鳥居をくぐると、その向こうには何もない。本当に、そこで道は終わり、水がちゃぷちゃぷと音を立てていた。

 ぼそりと、白川が何か言った。

 深沢には届かなかった。

 だが、白川の前を行く黒崎には聞こえたようだ。そのときの妙な空気は、感覚的な能力に乏しい彼にもあきらかで、思わず一歩引く。

 シューズの裏にはまってこんな地下深くまで一緒にやってきた小石が、じゃり、と音を立てた。それがやたらと耳に付く。

「穴が開いていたら、こんなのんびりなんてしてられないよ」

 黒崎が口元に軽く笑みを浮かべ、腕時計を見る。

「彼らが整うまでもう少し時間がかかるだろうから、戻ろう」

 先ほどとは反対に、深沢が先頭になって岸へ行く。

「メンテナンスって、何をするんですか?」

 軽く後ろを振り返りながら聞くと、札だよ、と返事をいただく。岸へ戻ると自然と三人は壁際へと移動する。

 海には空がある。手は届かないが空間がある。

 だが、ここは、確かに空間はあるが、水の上は船でもない限り深沢の領域ではない。自分がいて良い場所は、このコンクリートに固められた岸の上だけだとよくわかる。閉所の気はないと思っていたのだが、もしかしたら自分はそういった場所があまり好きではないのかもしれない。壁に背を預けると少し落ち着く。

 と思ったのも一瞬で、なぜか左右に白川と黒崎が立ち位置を決めたようで、二人の間に挟まれて大変居心地が悪い。

 普段なら白川が無駄に何かと喋って――いや、これも今ならそれなりに気をつかってくれていたのだとわかる――待ち時間などあっという間に終わるのだが、今はその一分がひどく長く感じられる。

 で、耐えきれずに話題を探すのだが、結局仕事の話になってしまう。自分のコミュニケーション能力の低さにがっかりだ。

「お札をどうするんですか?」

「沈めるんだ」

 黒崎の人差し指が鳥居の先を示す。

「他の場所はこんな風ではないけどね。同じように札を貼るところがある。その五カ所が終わったら、最後にここに札を沈める」

「この池に何かいるんですか?」

「マキ!」

 余計なことを詮索するなと白川に睨まれる。

「いや、最近動きが不穏でね。今日だってイレギュラーだ。だから人員が足りなかった。もしかしたら近い将来そちらの手を借りる事態が起きるかもしれないから、時間まで軽く説明するよ」

 まずは、と黒崎がサングラスを外す。

「なぜ江戸に幕府が開かれたか、知ってるかい?」

「そこからかよ!」

 白川が思わず突っ込み、深沢は首を振る。

「勉強不足ですみません」

「まあ、原因は一つじゃないね、こういった場合。秀吉に家康が江戸城を造るよう命じられ、開拓してみたらなかなかよい穀倉地帯になっていった。江戸に基盤ができつつあった。それに、京都の朝廷から少しでも離れていたら口出しも弱まるからね。距離は大切だ。西国には天下統一がなされたといっても、寝返りそうな大名が多かったしね。

 ……それが表向きな理由。一つ一つが重要だけど、さらにもう一つ、京都の結界を破壊して再び作り上げるよりも、江戸に新たな結界を作る方が楽だったんだ」

「結界?」

 この仕事をしていなかったら胡散臭いで終わりそうな言葉だ。

ブックマーク、評価、いいねをしていただけると嬉しいです。


来週月曜日でいったん連続投稿は終わりです。

書いてあるストック終了となります。

次回のエピソードは半年以内に書けたらいいなと思ってます。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

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