28.岩灰の水面2
「やめないか羽鳥。……今日はどうしたんだ?」
ピリピリとした空気の中、黒崎が白川たちにあらためて向き直った。先ほど想像したとおりの上から下まで黒ずくめで、さらに黒のサングラス。他人が着ていればこれから葬式かと尋ねたくなる様なのだが、黒崎だと不思議なことにしっくりと日常へ溶け込んでいる。
「課長の指示でね。何揉めてんの?」
白川の返事に数瞬迷った様子の黒崎だったが、周りの咎める視線を無視して簡単に説明を始めた。
「うちの仕事の一つに、急ぎで対処しなくてはならなくなったんだ。普段から定期的にメンテナンスしてはいるんだが、たまにこういったことがある。何カ所かに分かれて行動するから、うちの課全員で事に当たるようにしているんだが、今日は出張中の人間が多くてね」
「人手不足はどこも同じだな……」
「人数は足りてんだよ!」
白川の言葉を遮るように、山崎が噛みつく。だがその白川はちらりと彼を見やるが、そのまま黒崎へ目で続きを促す。その態度に山崎はさらにヒートアップした。
まあ、当然だろう。自分だってそんなあからさまに相手にしていませんといった態度をとられたらムッとした表情を隠しておく自信はない。
二人の 苦笑しつつ、黒崎はふと腕時計を覗いて顔をしかめる。サングラスで隠れているので、そう見えたというだけだが。
「山崎、時間がない。江藤と行ってくれ」
「だから! それがおかしいってんだよ。江藤だって俺だって、一人で平気だ」
「ええ。一人でやれます」
不満そうな態度をあらわにしていたが、もめ事の輪の隅でじっと話を聞いていた彼女がそこで始めて口を開いた。そして白川へ向き直る。
「残るポイントは三つなの。だから私たち三人で事足りるのに、航さんは私と山崎を組ませようとするのよ」
そうだと相棒も頷く。
「ふうん……残るってことは他にもあるんだ?」
「ええ。あと三つ」
部外者の二人に話してよいものかと、黒崎を見たところ、彼が頷いて許可したのでそう続けた。
「その三カ所にはもう別の人が行ってるんだよね?」
これには羽鳥が応える。
「じゃあ早くみんなも行った方がいいんじゃない」
さらっと言ってのける白川にとうとう山崎が切れた。
「だからおかしいって言ってんだろ!? あんたイイのは顔だけで、その分頭のネジ弛んでんじゃねーの? 数が合わねーだろーがっ!」
「合うだろう。どう考えても。坊やと桜子ちゃんで一つ、トリさんで一つ、クロが一つで三カ所」
「何考えてんだよ! あいつは――」
そこで流石に言葉が途切れる。言いたいことはわかった。黒崎はこの特殊な能力を有する者の集まる集団、特殊環境課においてそういったものを一切備えていないのだ。
「他の人は行ったんだろ? 文句言わずに」
「あいつ等は一人一カ所ずつだから――」
「つまり、二人で一カ所任されるってのが不服なんだ」
「ちげーよ! あんた、」
「航さん一人で行ったんじゃ不測の事態に直面したとき対処できないから反対しているんです」
「そう! それだよ」
「それは何度も説明したろ? 中央は一番守りが堅い。手順通りに行えば問題ない。異常があるのは必ず外からだ。外をしっかり押さえれば中央に異常が起きることなどまずありえないんだ、と」
「それでも! もし何かあったときに私か山崎くんがいれば!!」
「何かあったとき、君たちどちらか一人だけだと対応に困るだろう。特性的に二人は組んでいた方がいい」
「特性がなんだよ! 俺が未熟なのはわかってるよ。でも俺が五十ならあんたはゼロだ。異常に気づくことすらできないじゃないか。目に見えて異変があったらもうアウトなんだよ」
「それは――」
「つまりだ!!」
口ごもった黒崎へさらなる追撃をと身を乗り出した山崎だが、白川の良く通る声がそれを制した。
「異常がわかればいいんだろ? クロんところに俺らが一緒に行けばOKだ。俺がそーゆうのわかるってのは証明済みだし」
ね、と江藤を見ると、彼女は険しい表情で眉をしかめている。否定はできない。白川のその能力を彼女は知っている。
「何いってんだよ!」
「気づいて逃げるか対処すっか、できればいいんだろ? 第一その話だとお前らがしくじらなけりゃ問題なんかないじゃん」
それが決定打だった。
山崎は言い返す言葉を飲み込み、バタンバタンと大きな音を立てて出て行った。羽鳥が肩をすくめ江藤を促す。その背中に白川が問いかけた。
「あんたはなんで残ったの?」
「彼らは運転できないからね」
そして振り返らずに出て行った。
その後を追おうとしていた江藤だが、足を止めて白川と深沢に頭を下げる。
「先日はありがとうございました」
そうだった。あの事件以来、白川はどうだかしらないが深沢は今日初めて江藤に会ったのだ。
「元気そうでなにより」
「はい」
ごく普通の反応。そこら辺の配慮は出来る人だ。常にそれならばもう少しマシに相手をしてもらえるのに、と思う。江藤に対する好き好きオーラは、彼女のハートを射止めるどころかどんどん引き離しているのがよくわかる。というか、彼女は明らかに黒崎一筋だろう。会話の合間の視線のやり方や態度でそうとわかる。黒崎はまったく気付いていないのか、または気付いてあえて無視しているのか。部下と上司な態度を崩さない。むしろ、娘を気遣うお父さんになっているときもある。江藤には気の毒な話だが。
白川はそれをわかっているからこそ、あの猛アタックになるしかないのかもしれない。女性好きなのは基本姿勢だが、その中でも江藤は特別可愛く思っているのがわかるからこそ哀れだった。
「……航さんのこと、お願いしますね」
「うん。何かおかしいと思ったらすぐ連絡するよ」
「いえ! すぐ、その場を離れてください。勘違いだったとしても誰も白川さんを責めることはありませんから。絶対に迷わず逃げてくださいね」
ひどく真剣なその言葉に気圧される。
必死な江藤の姿が見えなくなったところで、白川は黒崎を見やった。深沢も同じように彼を見るが、二人の視線をものともせずに彼はじゃあ行こうかと先を歩き出した。白川はそんな彼の後ろ姿にフンッと鼻を鳴らす。お気に召さないようだが何も言わずに従うようなので、深沢は周囲を見回してから、背筋をピンと伸ばして先を行くえらくカッコイイ先輩を追った。このフロアの最奥にあるということは、他の部署をいくつも通り過ぎると言うことで、来るときに知らせが走ったのか、廊下での女性遭遇率がぐんと上がっていた。行き交うたびに会釈してくる彼女たちに極上の笑みで応えている。通り過ぎて少し離れた深沢のあたりまできたところで、キャアキャアと黄色い声を我慢出来ずに発するので、正直たまらない。漏れ聞こえる話によると、身元はすでに割れているようだ。この場所に迷うことなくたどり着いたからには以前来たことがあるのだろう。そうなれば女性の計り知れないネットワークによって、特殊警防課の所属だということが一両日には割れ、さすがに本来の業務は探り出せないだろうから、彼のもう一つの顔である、凄腕プロファイラーとしての名が知れ渡るのだ。
となると、自分はどうなろうのだろう。Tシャツにジーンズの深沢は、何と噂されるのだろうか。なんだか想像したくないなと頭を振っていると、白川の呼ぶ声が聞こえた。
やめて欲しい。
名字を、情報を、彼女たちに与えないでくれ。
先ほど無造作に止めたフィットに乗り込む。移動は常に白川の車だ。これは彼の、他人が触った物に触れるとその情景や、ときには相手の考えていたことがわかってしまうという特性による。他人の車や公共の移動手段は出来るだけ遠慮したいそうだ。
「それで、どこへ?」
何をしに行くのか、なぜ行くのか、そう言ったことは聞かずにただ目的地だけを要求する。深沢には無理かもしれない。特殊環境課の仕事内容が内容だけに、興味が湧いてしまう。白川は視えるらしいが、深沢はまったくだった。世に言う霊感の欠片も持ち合わせていない。だからこそ、ちょっと視えるものなら視てみたいと思うし、言い方は悪いがあちらの仕事内容にはワクワクしてしまう。反対に白川は出来うる限り御免被りたいそうだ。
しかし、その便利な能力のためによく手伝う羽目に陥る。何も聞かないのはもちろん仕事なのだから余計な詮索は無用ということもあるのだが、色々と知りすぎると余計に気分が悪くなるらしい。
「目的地を言ってくれないと車を出せない」
不機嫌そうに言う白川に、黒崎が渋りながら告げる。普段は問わずな白川も、さすがに今回の現場は聞き返してしまった。深沢も大きな声をあげて驚く。
黒崎が指示したのは、その周辺を挙動不審にジョギングでもしようものなら、まず間違いなく職質されるであろう場所。
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