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灰色の煙の中で  作者: 鈴埜


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25/30

25.骨白の塔3

 予想通りの重苦しい空気に、予想通り白川が頭を下げる。


「すぐに来なくてすみませんでした!」

「次の日休みだっただろうが。バカモノ」

 次の日は頭が痛くて起き上がる気がしなかったから寝ていたのだが、それを言えばまた怒られるので黙っている。


 そんな白川の態度に鼻を鳴らして、神谷はインプラントの読み取り機を手に取った。


「首」

「はーい」

 一般の診察室によくある丸い椅子に座って、シャツの襟元を緩める。神谷がそこへ機械をかざすと、ピピッと電子音がしてデータが移動する。このインプラントは最先端の科学技術とやらを駆使したかなり高価なものらしいが、どんな内容が伝えられているのかは知らない。盗聴はしてないから安心しろと言われたが、内心どうだかと思っていた。なにせこちらの位置を完璧に把握することもできるのだ。


「脳波に変わりはないようだな」

「ええ。いたって元気ですよ」

「……」


「すみませんって」

 こんなのがよく子どもの相手をしていられるというぐらい凶悪な顔になり、すかさず頭を下げた。

 神谷はそんな白川にちらりと視線を投げ、立ち上がる。


「そっちの机の前に」

「はーい」

 体調に問題がなければ今回メインの能力チェックだ。机の上には本が一つ。ラテン語で書かれているよくわからない医学書だ。どうせ神谷のものだろう。珍しく視られることを拒絶しない一人でもある。


 神谷曰く、本当かどうか知っていることでないと確かめられない。そのためには自分の持ち物で試すのが一番といったところらしい。


 こめかみにぺたぺたと脳波を取るためのセンサーバンドを貼り付けられながら、両肘をついて、右手をそっと本へ近づける。指先にぴりっと痺れが走った瞬間、大量の絵が目の奥に流れ込んできた。あまりに大量の情報に慌てて手を離す。


「何が見えた?」

「……神谷先生」

「ん?」

「誰あの美人!!! 清楚で大和撫子ですみれ色の和服美人!!」

 白川の言葉に眉をしかめて考え込むが、やがてああ、と声を漏らす。


「たぶん母だ。牡丹の柄の着物だろ?」


「そうそうそう! 先生、あのさ、妹さんいない?」


「いない。一人っ子だ」


「あーそんな感じですよね。わがままいっぱいし放題で……あだだだだ」

 つねられた頬を押さえて口を尖らせると、軽蔑しきった目つきの神谷は鼻を鳴らす。


「それはお前だ。いいから、続きをやれ。それじゃいつものサイコメトリーと同じだろう。話では視た画面を動かしてその物体から見えない位置のものを再現したそうじゃないか」

 桜子を助けるとき、車のナンバーは方向的に見えなかった。それを白川は無理やり動かしたのだ。


「思って簡単にできるものではないですよ」


「そのときのデータを取りたいんだから、ほら、さっさとしろ。()を動かしてみろ」

 言うだけで簡単だよなーとぶつくさこぼしながらも再び本へ手を伸ばす。

 一度サイコメトリーしたので情報の断片が無作為に白川を襲ってくることはない。

 先ほど視たばかりの、画の中で、比較的色のついた新しい物を選ぶ。この研究室で神谷の後姿があった。

 何か書き仕事をしているようだ。その手もをと視ようと思い、動け動けと念じるが一向に変わる気配はない。目の奥の痺れが眼球全体に広がりだしたところでやめる。


 隣に立っていた神谷は軽く首を振った。


「変わらんな」

「やっぱり難しいですねぇ。まあ、もう一度」

 その後何度か繰り返すも、変化は現れなかった。


 プリントアウトされたデータを見て、神谷は首を傾げる。


「火事場の馬鹿力ってやつですかね」

「だができたということはできるんだろう。訓練次第ってところだろうな。定期診断のたびに試してみよう。だが外ではやるな。何があるかわからん」

「はーい」

「他人事のように返事をするな」


 しかし、どうも実感がわかないのは確かだ。物体を通してそれらが経験した過去を見るのが自分の能力だと思っていた。経験してないことは見ることができないと。本来見えない位置にあったものを探り出すのはサイコメトリーとはまた別ではないのか?


「お前の考えていることはわかる。が、こうは言えないか?」

 机の上に置かれた本を指先で叩く。


「本をサイコメトリーし、過去の一場面が浮かび上がる。それはこの本が経験した情景。周りの物体が本へ与えた影響の反映。だが、お前はさらにもう一歩踏み出し、俺の背中をサイコメトリーする」


「……そんなことができたら、俺無敵じゃないですか」


「おや? 無敵の雪之丞様じゃなかったのか?」

 神谷がニヤリと笑って自分の席に座り背を向けた。ちょうど視た中にあった風景だ。今日の検査結果をまとめているのだろう。


 いつもならこれで検査も終わりなので、神谷からお疲れさんと声をかけられ出て行くのだが、今日はそれがない。なんとなく帰りそびれて診察室によくあるタイプの丸椅子に座ってくるくるとあてもなく回って部屋を見渡す。

 出入り口以外に扉はなく、完全な個室。十畳はあるだろう。一方の棚にはぎっしり専門書が並べられており、そのほとんどが横文字だ。


「二ノ宮真吾。あの子怪我はしたんですか?」

 間がもたなくなって、ふと思い出した子どもの名を上げてみる。カタカタとキーボードの音に紛れてうんともすんともつかない曖昧な相槌が返ってきた。


「桑津さんと喧嘩したって聞いたけど」

「喧嘩にもなっていないさ。一方的にコテンパンにのされただけだから、身体に怪我はない」

 S級の桑津タケルは、教育者としても優秀だ。緊急の用がない限りはこの研究所で主にコントロールのままならない子どもに使い方を教えている。


「紅山相手のようにはなってない」


「あー、アレね」

 浅葱の恋人である紅山朱鷺子は、あれこれ命令されることに慣れておらず、半ば抑え付けて精神的な矯正も含む訓練に猛反発した。今まで隠してきたのだから、そこら辺の分別はついているのだろうと思っていたのでそれは予想外の反応だった。結果、止めに入ってついでにぶち切れた桑津と朱鷺子のPK大戦争となったのだ。今思い出しても背筋が凍る。


「二ノ宮は親との関係が問題だな。あとは、身近にいる弓削の境遇と自分とを比べてなんで自分だけがという意識を持ってしまった」

「親が来てたそうだけど?」

「家で癇癪を起こして物に八つ当たりしたそうだ。手に負えないからしばらく施設で預かってくれと言ってきた」


 そういった親はたまにいる。どちらの側を見ても残念だとしか言いようがない。


「研究所うちとしてはまったくかまわないがな」

「そう答えたの?」

「いや、本人に確認してみましょうといったら――、」

「それは困ると?」

「そう。自分たちが悪者になるのはまずいと、言葉を変えて一生懸命説明してたよ」


 自分の息子に恨みを買うのは嫌だ。相手はPKだから、力のない庇護しなければならないか弱い存在ではない。普通の子どもと違って、小さいからと力で抑え付けられる相手ではないのだと、恐れる。


 子どもはそんな恐怖を敏感に嗅ぎ取るだろう。


 一度その悪循環にはまると、なかなかそこから脱することが難しい。そうやって自棄になってダメになる能力者をたくさん知っている。


「そういえばあれはどうしてる?」

「あれってなんですか」

「牧人」

 どうにかならないものかとぼんやり天井を眺めていたところへ、唐突に後輩の名が上がる。


「どうって、別に? うちの課長に慣れることはないだろうし、他の職員にはほとんど遭遇していないから、慣れるも何もありませんよ。ああ、書類書きはましになったかな。ああいったのは書き方がありますからね」

「お前とも上手くやってるようだな」

「そりゃまあ、よっぽど変なのでもないかぎりねぇ。あいつ素直だし、かわいい後輩ですよ」


 白川の答えに満足したのか、そうかと一人うなずいて再びキーボードをたたき出す。だがこちらはそれで終わるはずもない。

 あの黄色の男の言葉を思い出していた。


「牧人がどうかしました?」

「いや、お前とコンビ組んでるって聞いたのを思い出したから」

「牧人の担当も先生なんですね」

「ああ、そうだよ」

「――S級がどうして警防課に入ったんですか?」

 白川の質問に、神谷は一瞬手を止めた。だがすぐに作業を再開し、たいしたことがないように話を終わらせる。


「S級にはさまざまな責任が伴う。牧人にしてみても同じこと。本当に知りたいのなら藤本さんに聞いてみることだな」

 俺からはここまでと打ち切られた。


 人間や柔らかいもの、形の定まらない水などを扱うのは苦手だと牧人は言っていた。それは、十分に訓練が終わっていないということでもある。S級のPKはそのあたりも含めてS級だと前に桑津から聞いたのだ。パワー、スピード、器用さのグラフを振り切っている者が得られる称号なのだど。

 訓練を済ませていないS級が、確保する研究所の【狩人】ではなく、探すことを目的としている警防課に入った。それの意味するところは何か。

 だが、考えを進めるには材料が足りない。課長が知っているというだけで、今は満足することにしよう。


「それじゃ、失礼します」

「体調に変化があったらすぐ来るように」

「了解です」

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