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灰色の煙の中で  作者: 鈴埜


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24/30

24.骨白の塔2


「お疲れさん」

 大暴れしている間に診察が終わったのだろう。神谷がいつの間にか部屋に入ってきていた。アリガトウゴザイマスと硬い返事をしながら受け取ると、少しだけ口をつける。


「行きますか?」

「いや……」

 スーツの上着に手を伸ばし立ち上がろうとする白川を制した。


「今日この後何か予定はあるのか?」

「いいえ。先生との楽しいひと時が終われば自宅へ帰るだけですよ」

「実は急に診察が入って昼がまだなんだ。もう三十分ぐらい暇を潰しておいてくれないか? また呼びにくる」

 遠巻きに見つめている子どもたちをぐるりと見回すと、神谷は白衣の裾を翻して部屋を出て行った。返事を聞く気がない。


「はい、ユキちゃん。タオルだよ」

 犬養まつりがピンク色のハンドタオルを差し出した。顔を押さえる仕草を形だけして、笑顔で返す。


「ありがとう、まつりちゃん」

「ユキちゃん、お洋服ぐちゃぐちゃになっちゃうよ? 貸して、わたしがハンガーにかけてきてあげる」

「ありがとー。みーちゃんは良いお嫁さんになるねー」

 女の子がたくさん回りに寄ってきて、なんだかんだと白川の世話を焼いた。今度は深沢も連れてこよう。あいつにちびっこギャングの相手をさせて、自分は未来の紫の上に囲まれてそれを眺めているのだ。幸せすぎる。それがいいと一人頷いていると、まつりがオレンジのリボンを揺らして首を傾げた。


「ユキちゃんは今までお仕事だったの?」

「いや? 今日は完全オフだよ」

「じゃあどうしてお仕事のときと同じスーツ着てるの? おとうさんはお休みの日スーツ着ないよ? あれはお仕事の制服なんだって言ってた」

 黒がちの瞳をしばたいて尋ねられると、相好が崩れる。


「それはね、僕がこの世で一番スーツの似合う男だからだよ」

 九割本気だ。一割、緊急の仕事が入ったときに困らないため。割合が逆転していますよと、深沢がいれば突っ込むところだ。


「ファッションセンスに自信のない男は無難なスーツに逃げるってママが言ってた」

「えっ、ひ、ひろみちゃんのママさんってば!」

 地味にダメージがでかい。


 しかし、言われてみればたいした私服を持っていない。金がたまるとすぐに新しいスーツを買いに走っている。ラフな格好も悪くはないが、パリッとしている方が自分の男前度が上がると信じていた。大学もあまり服を買った覚えがない。母親がこれが似合うあれが似合うと買い込んで、与えられたものを着ていた。ファッション系雑誌の編集者であった母だから、変なものは持ってこなかったが、そのせいか。それともママさんの言う通りセンスのない男だったのか。

 どつぼにはまっていく白川の頭を、まつりがなでる。つられて他の子たちも同じようになでた。口でなでなでと言いながら。


「ありが、と。でもちょっと、情けないからヤメテクダサイ」

 少女たちは両手で顔を覆った白川に笑い声を残して遊びの輪へ帰っていった。

 そうやって一段落して気づく。


 いつもなら率先して遊んでいる少年が一人、部屋の隅の方で所在なさげに座っている。


「真吾、なんかイラついててさ」

 隣に座り込んだ康弘が二人にしか聞こえない小さな声でつぶやく。幸い今いるメンバーにテレパシストはいない。遊びに夢中の子どもたちは、こちらのことなど気にしなかった。


 二ノ宮真吾は康弘と同じPKだった。


「今日の訓練もやたらと反抗的で、すんげー怒られて、さっきまで神谷先生に診察されてた」

 それで、約束しているはずの白川の検査がずれ込んでいるのか。


「原因は?」

 康弘は肩をすくめる。

 わからないではない。そんなの決まってる、だ。


「そればっかりは、自分で折り合いつけるしかないからな」

「家でも癇癪起こしたらしくて、さっき親が来てたよ」

「今いくつだっけ?」

「七歳。小学校二年生」

 まだまだ学校の友達と遊びたい盛りだろう。それが自分の持っている能力を制限され、訓練に拘束される。


 あまりの動きにくさに、怒りを爆発させてしまう子どもは多い。

 なんとなく、康弘の頭に手を乗せる。


「なんだよー」

「お兄さんは辛いな」

 白川の言葉に、彼は口を尖らせて横を向いた。


「俺は、オヤジがわかってくれてるから」


 だから平気。

 発散する場所がある。

 窮屈さに耐え切れなくなったとき、八つ当たりする場所がある。


 康弘のような肉親は稀だと白川も知っていた。

 白川も母親には結局、彼がなぜ外に出ることを嫌ったかも、突然積極的に外に出ることになったかも話してはいない。きっと理解できないだろうと思った。


 ただ、白川のようにある程度成長してからではなく、PKのような目立つ能力を持つ子どもは、親に説明をせざるを得ない。そのときどんな反応が引き起こされるかは、説明するまでわからなかった。


 康弘の母親は未だに事実を否定しているが、父親は柔軟な態度で受け入れた。だが、真吾の両親は、腫れ物を扱うような態度で接するようになった。それが思春期の子どもに良い影響を与えるはずがない。


 どうしたもんかとおもいつつ、真吾を見ていると目があった。一瞬口をへの字に曲げて、今にも泣き出しそうな顔を作る。それを見られまいとしてか、すぐに横を向くが、こちらを気にしているのはよくわかる。


「真吾! おいで」

 口調は優しいが断ることを許さない響きに、真吾は仏頂面のままゆっくりと立ち上がってこちらへやってきた。


 手を後ろに組み、うつむくが、白川が座っているのでその表情はしっかり見える。


「座りなさい」

 言われて、またのろのろとした緩慢な動作で体育座りをした。


「真吾、先生と喧嘩したんだって?」

 フロアで遊んでいた子どもたちが、いつの間にか立ったままこちらを見ていた。

 尋ねられた本人は、足の間に顔をうずめたまま答えない。


「で、どっちが勝ったの?」

「……え?」

「先生と真吾、どっちが勝ったの?」

 怒られると思っていたらまったく違う質問で、真吾はきょとんとした瞳を白川に向ける。


「んなの、先生に敵うわけないじゃん。しかも桑津先生だぜ?」

 横からの康弘の言葉に白川が目をむく。


「げっ……真吾、お前根性あるなあ。よりによって桑津さんかよ。あの人怒ったらすっげー怖いんだぞ」

「知ってる」

「ちょー怖いよ」

 PK使いの子どもたちから恐怖のにじみ出た言葉が漏れる。


「あのな、真吾。喧嘩を売る相手を間違えるな。よりによって桑津さんはヤバイ。もしかしたら知らないかもしれないが、前にお前と同じように喧嘩した子がいるんだよ。それがまたパワーがある子だったから、机は飛び交う人は飛び交うの大惨事。どちらも結構な怪我をした。いいか、あの人は、ぶち切れたら子どもだろうがなんだろうが容赦ないぞ? あれは今でも霜月の乱と、研究所で語り継がれてるん……」

 声色を効かせて子どもたちに話していると、彼らの視線が白川でなく横にずれた。なんだと思いながらその先を追いかけて固まる。


「そんな風にカッコイイ名前がついていたんですね」

 ニコニコと笑っているのは今野浅葱。その隣には凍てつくような眼差しを白川に向ける紅山朱鷺子がいた。


「や、やあ、ご両人。あれか、菜々ちゃんに会いに来たのかな?」

 彼ら二人の共通の友人が、この研究所にはいた。


「ええ。白川さんが子どもたちと遊んでいるというので覗きに来たんです」

 余計なことを思いついてくれた。

 上着掛けが宙に浮き出しているのは気のせいだと思いたい。


「と、朱鷺子ちゃん、ストップ……」

 ボクシングならロープロープと叫びたいところだ。


 霜月の乱の張本人を前にして慌てているところへ三原が顔を出す。


「白川さーん。神谷先生が呼んでいますよ」

 天の助けとばかりに立ち上がるとみんなに手を振り大急ぎで部屋を後にした。

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